第1章 かりそめの遊艶楼
❦楼主Side❦
櫻井俊の息子…俺に話があるって、一体何なんだ…
あれは確か、俺がまだ学生だった頃
養父母が経営する社交倶楽部の運営が数年前から上手く行っておらず
借金は膨らむ一方だった
そんな時
社交倶楽部の会員だった一人の男の声掛けで
有志を募り、寄付金で経営を立て直した
養父からは
『会員から寄付を受けた』
としか聞いていなかったが
二度目に陥った経営難の際、
櫻井俊と名乗る男が此処へ怒鳴り込んできた
その時、不在だった養父に変わって対応したのが
養父の下で働き始めていた俺だった
『一体どんな運営をしているんだ!
あれだけの寄付金を無駄にするとは呆れて物も言えない
今後私は一切の手を引く!』
櫻井俊の脱会により、会員は次々と減って行き
そこから更に数年後
閉鎖を余儀なくされる程どうにも首の回らなくなった養父は
自分は経営者には向かないと痛感したのか
お前の方が上手くやれるだろう、と俺に経営を丸投げをしたのだ
来る日も来る日も資金繰りに悩まされ
眠れぬ日々を送っていた時
十四になったばかりの智が
僕が身体を売りますと言い出した
智の評判を聞きつけて、客の足取りは少しずつ戻り
一人では対応しきれなくなった智を見るに見兼ねて
安い金で訳アリの子供を買い付けては魅陰へと育て上げ
会員制を復活させ、此の場所を“遊艷楼”と名付けた
一切の手を引く、と言われてから
櫻井氏は本当に一度もこの楼に訪れていない
それがだ
何故、今更
しかも当人ではなく息子の方が『話がある』とは
どういう風の吹き回しか
「失礼致します。
楼主様、櫻井様と松本様がお見えになりました」
松本…?
なんだ、櫻井氏の息子だけじゃないのか…?
「楼主の松岡です」
「櫻井翔と申します」
「松本です」
「どうぞお座りください。
ところで今日はどんなご用件で?」
「いきなり本題に入りますか?
まぁ、いいでしょう。
実は私、此処の経営に興味がありましてね、
確か…以前は富裕層の社交場だったとか?」
「えぇ。櫻井さんのお父様の時代はそうでした
無論、私は事実上、その頃の経営には関わっておりませんが」
「父が主体となって寄付金を納めたことがあるそうですね」
…やはりその話か
何か弱みにでも付け込もうというのか…?