第1章 かりそめの遊艶楼
❦和也Side❦
翔様をお見送りすると
ここで仰られた言葉を改めて思い返し
居間にペタンとへたり込んだ
「本当に…僕を守って下さった…」
3日と置かずにあしげく僕を買いに来ていた喜多川様が
5人で作戦会議をしたあの日からパッタリと姿を見せなくなったのは
翔様と松本様が、脱税の証拠を集める事と同時に
何か別の動きをされていたからだろうということは容易に分かった
平気を装っていても本当は
いつ、喜多川様が身請け金を持ってくるかと
毎日、毎日、怯えていた
一度買われてしまったら二度と帰れない
その後に脱税が発覚したところで
後の祭りなのだ
恐怖の闇に深く沈み
ご指名のお名前が喜多川様でない事に何度胸を撫で下ろしたことか…
『翔様、私を…
お嫁さんにしてくださいませ』
『必ず』
『約束ですよ…?』
『あぁ。約束だ』
唇で交わした約束を果たす為に
危険を省みずに僕を守って下さった翔様
そして、力を貸してくださった松本様、藍姫様、琥珀様…
「本当に本当に…感謝してもしきれませんっ…」
僕の胸に温かなものが流れ
頬にも一筋の温かな涙が伝った
「和也〜? 入ってもいい?」
内通路に面する襖の向こうから聞こえるのは、琥珀様の声
「どうぞお入りくださいませ、」
涙の跡を指で拭い、向き直すと
「慧、ご苦労様♪
ちょーっと失礼しますよ〜?」
褥部屋を整えている慧に声をかけ、此方に歩み寄る琥珀様の後ろには
目を真っ赤にされた藍姫様がいらっしゃった
「さとちゃんがね、僕達に報告したい事があるんだってよ♪」
藍姫様が酷く泣かれていた事は一目瞭然
それとは相反する、琥珀様の浮足立ったお声
「藍姫様…? 何ぞあられたのですか…?」
翔様は松本様と一緒に来たと仰られていたのだから
藍姫様が先程まで共にお過ごしになられていたのは、間違いなく松本様の筈
「奏月… 琥珀…
ようやっと…潤様に、私のお気持ちを…
好きですと、お伝えする事ができました…
潤様は…私の告白を聞いて…
嬉しいと…
幸せにすると…
愛っ…愛していると…仰ってくださ、って……」
最後の方はもう涙で声にならず
琥珀様が、子供をあやすように何度も藍姫様の頭を撫でていて
優しく見つめる琥珀様のその瞳には
薄っすらと涙が滲んでいた