第1章 かりそめの遊艶楼
松本様のお話は難しく
僕にはよくわからなかったけど
帳簿がなんとか、とか
印刷会社にどうこう、とか…
「なるほどな
じゃあ、あらゆる手を使って調べ上げてみるよ」
「俺も協力するよ、翔君」
「宜しくお願い致します、潤様」
「潤様?!
さとちゃん、松本様のこと潤様って呼んでるの?!」
「これ、琥珀
皆様の前でその呼び方はお止めなさいっ!」
「えぇ〜」
「えぇ〜、じゃありませんっ!
もうっ!お恥ずかしいったら…」
「藍姫、さとちゃんなの?」
「潤様まで…」
藍姫様が顔を真っ赤にして俯いた
「さとちゃんって、藍姫の本名でしょ?」
「はい… 智、と申します…」
「智…」
「ふふっ。なーんか、二人もいい雰囲気だね?」
「琥珀ったら…」
「ホントに? 嬉しいな、俺」
松本様は真に嬉しそうで
翔様も、そんなお二人を目を細めて見つめておられた
「潤はね、藍姫のことを本当に大切に想ってるんだ
好きな人にどう接したらいいのか…それを俺に教えてくれたのは潤なんだよ」
「違うよ
翔君が変われたのは奏月のおかげだろ?」
「私…ですか…?」
「奏月に笑って欲しい
その想いが翔君を変えたんだ」
「松本様…」
「あーあ。なんだかこの二組に当てられちゃったなぁ。
幸せになんなきゃ許さないよ? ね、和也。さとちゃん!」
「私も…?」
「そりゃそうでしょ!
さとちゃんとは長い付き合いだけど、こんなに柔らかく笑うの、見たことないもん」
「琥珀…」
「もうそろそろいいんじゃない?
幸せになってもさ。
自分を許してあげようよ、さとちゃん」
「…」
藍姫様が目を潤ませて俯くと
松本様がその肩をそっと抱いた
「そろそろお時間に御座います」
慧の呼びかけが
翔様との時間の終わりを告げる
「今日は本当にありがとう
藍姫、琥珀
和也を宜しく頼む」
翔様が今一度頭を下げると
藍姫様は頷き、琥珀様は『任せてよ!』と息巻いた
「また会いに来るよ」
「必ず」
「ああ、必ず」
翔様が僕の左手の薬指に口付けると
その様子を見ていた藍姫様の頬に
松本様も口付けた
「もー、やってらんないよ!」
琥珀様がわざと冷やかすけど
そのお顔は真に嬉しそうでいらした
翔様と松本様が見えなくなるまで
三人でその背を見送った