第1章 かりそめの遊艶楼
「…どうしたんだ藍姫」
何度も繰り返される土下座に必死なのは伝わったみたいで、次に下げようとした頭をもういいと優しく掴まれた
「…だが……すまん」
悩んだ表情の末、出されたお言葉
もうこのお方には無理か…半ば諦めていると
「……君に情報を漏らしたのが、私であると分かったら…
喜多川から
私の会社を、身を、保証できないだろ?
ここで生きる君に、責任なんて取れないだろ…」
突き付けられた現実
責任というあまりにも重いお言葉に
もう土下座も、話し掛けることもできないで
出ていく殿方をただ見届けるだけだった
ピタリと閉まった襖
虚しく見えるそこに目をやり、大きくため息を吐き出す
「…琥珀の方は、どうなんだろうか」
あの子ならうまく…情報を貰えているのでは…
私のようになっていないことを、願うばかり
「藍姫様、褥部屋を整えに参りました」
「…お入りなさい」
部屋子を迎え、せっせと作業してもらっている間
先程言われた言葉を掻き消すように、ぼーっと窓の外を眺めた
気持ちを切り替えていかなければ
情報を掴む前に奏月が身請けされていってしまう
次、次こそは…
「藍姫様」
褥部屋とは別に、襖の向こうから聞こえてきた部屋子の声
次の予約の確認かと思い、既に承知してることを伝える
「次までまだ時間はあるでしょう?」
「はい、ですがご予約の前にご指名をいただいたのです」
「そうですか…指名客の名は?」
「松本様にございます」
「…え」
予想もしていなかった
久しいそのお方の苗字に、鼓動が早まっていく
それが冷めやらぬ内に休憩が空け
「藍姫様、松本様がいらっしゃいました」
もう襖の向こうに潤様が…
どうしよう
緊張が上がる
そもそもずいぶんいらっしゃらなかったのに…急過ぎる
私のことなど当にお忘れになったと、そう思っていましたのに
「…お入り…ください」
なんという顔をすれば良いのだろう…
不安を覚えつつも襖が開くのに備えて頭を下げた
襖の滑る音と潤様の足音
それを聞いても上がっていかない私の頭…
「…藍姫?」
「は、はい…」
「頭上げていいよ?」
「……はい」
そのお言葉にそろりと顔を上げる
目の前に座った潤様と視線が交わり
…私の胸がドキリと鳴った