第1章 かりそめの遊艶楼
❦和也Side❦
翔様を擽って笑い合っていると
― ガタンッ! ―
隣りの褥部屋から大きな物音がした
「?!」
「なんだ?!」
二人して顔を見合わせる
「誰か居るのか?」
「慧が褥部屋を整えております故
きっと置き型の右衛門掛けでも倒したんでしょう」
「あー…」
先のお客人がお帰りの際
翔様が既に下でお待ちだと聞いて、休憩を入れなくていいから直ぐにお通しする様言ったから
慧も褥部屋を整える時間が無く、今になってしまったんだ
「翔様…?」
先ほどまでの戯れはどこへやら
険しい顔をされる翔様に一抹の不安を覚えた
褥部屋から聞こえてくる、つい数分前まで他のお客人と通じていた事を物語る音に
やもすれば気分を害されたのだろうか…
「…あぁ、悪い。
ちょっと考え事してたよ
おいで、和也」
畳に座り、胡座をかいて太腿をポンポンと叩くから
僕はその上にストン、と乗っかった
「和也はホント、軽いなぁ
ちゃんと食ってるのか?」
「食べてはおりますが、元々少食なのですよ」
「本当か?
飯っつーのは、全力で食うもんなんだぞ?」
「翔様が全力でお食事をされている姿が目に浮かびます」
クスクス笑うと、翔様の目も柔んで
ホッと胸を撫で下ろした
「お待たせして申し訳ありません
御用意が整いました」
襖の向こうから声がかかる
「ありがとう、慧。
下がって良いですよ」
「はい。失礼致しました」
「翔様、参りますか?」
「いや…もうちょっとこのままで」
翔様が僕をぎゅうっ、と抱きしめた
「…どうかされたのですか?」
「どうもしないよ…
ただ、」
「ただ…?」
「俺って非力だなぁ、と思って」
「どうして…どうしてそんなことを申されるのです?」
「今の俺じゃ、和也を守ってやることも出来ないからさ…」
翔様はこの仕事をしている僕ではなく
ご自分を責めておられた
「そんなことございません!
私はいつだって翔様にお守りいただいております
翔様がいらっしゃらなかったら、きっと私は…」
生きる屍のようになっていたか
生命を絶っていたか
考えただけでも恐ろしい
翔様が居てくれたから、今の僕があるのです
生きる喜びを
夢を持つことの素晴らしさを
愛を
僕に教えてくれたから…