第1章 かりそめの遊艶楼
パンッ
雅紀さんに頬を打たれて
蜩の間に引き摺られるようにして連れて行かれた
― 事を大きくしてはならない ―
言われずとも
雅紀さんの目がそう訴えていた
涙が溢れるのは
打たれた頬の痛みのせいではなく
真に悔しいからだ
何故、裕様が死ななければならないのか
何故、それを隠さなければならないのか
何故…
「和也、叩いて悪かった
でも、わかるだろう?」
「ええ…わかります…
此処は法で取り締まれない売春宿
人の一人や二人、生きようが死のうが…」
「そんな風に言うな!」
「だってそうじゃありませんか!
僕たちの生命は儚いんじゃない
最初から無いのですから…!」
言葉を選ばす口にする僕を
雅紀さんがギュッと抱きしめた
「二度とそんな風に言うな、和也…」
この世の中に平等なんて無い
命の重さでさえ
不平等なのだから…
「裕が着てた着物、見ただろ…?」
「着物…?」
裕様がお召しになっていたのは
漆黒に金の風車が染め描かれた振袖
「裕はね、あの着物に一目惚れをして
この楼を出る時にこれを着るんだ、って言ってね
一度も袖を通さずに、それはたいそう大事にしていたんだよ
そんな裕の想いがわかるかい…?」
「裕様は昨晩、女客人のお相手をしたのですか…?」
「いや、していないよ
アイツも男前だからね
今夜、予約が入っていた
…魅陰は本来、男客相手の仕事だ
裕はそれを全うしたかったんだろうよ
お付き人になればいいと言ったけど首を縦に振らなかったんだ…」
裕様が何故、男客相手の魅陰であることにこだわるのか
この時は僕にはわからなかった
女性の身体は知らない
けれど僕が裕様と同じ立場だったら
借金を返すためなら、客人が男だろうが女だろうが
僕は言われたとおりにするだけだ
「裕様には借金が残っているのではありませんか…?」
「いや、裕には元々借金は無いんだよ」
確か、藍姫様もそうだと言っていた
僕にはわからない
借金もないのに魅陰の仕事を選ぶ理由が。
金の為
それ以外に、ここで働く理由があるのか
「じゃあなんで、って顔をしてるな
ここには色んな訳ありの子達が居るんだよ
お前のように借金のカタにされた子も居れば、そうでない子も居る
理由は違えど、みんな此処でしか生きていかれない子達なんだよ」