第1章 かりそめの遊艶楼
❦和也Side❦
目が覚めると
楼の中がやけに騒がしかった
何事…?
振袖を羽織り
普段は出ることのない、廊下に続く襖を少し開けて顔を覗かせた
斜向かいの暁の間の襖が少しばかり開いていて
真っ青な顔をした部屋子が力無くへたれこんでいるのが見えた
あのお部屋を使えるのは
古株の魅陰だけの筈
となれば、光一様か、それとも…
嫌な予感がして
擦り足に急ぎ、内通路から大きく廻ると
暁の間の褥部屋へと続く襖の前に伏した
「はぁっ、はぁっ…
かっ…和也に御座居ますっ…
何ぞあられましたのでしょうかっ…!」
「何もない! 下がりなさい!」
楼主様…?
何故、楼主様が魅陰の部屋にいらっしゃるのです…?
「和也! 戻って!」
雅紀さんまで…
何かあったに違いない。
下がれ、と言われて素直にお言葉を飲むわけには行かず
小刻みに震える手を襖の縁にかけて引いた
「…裕……様…………?」
「和也!!」
雅紀さんの静止などまるで無いもののように
布団に寝かされた裕様にしがみついた
「どうして… どうしてです…!!
裕様… 目を…覚ましてくださいませ…! お願いですっ……!」
血の通わぬ、透き通った青の色をした裕様のそのお身体は冷たく
既に生命が絶えてしまっているのだということは容易にわかった
「和也!離れろって…!」
「嫌ですっ…! 嫌っ…!
裕様! 裕様っ……!」
どれだけ揺さぶっても
裕様が目を覚まされることはなかった
褥部屋と居間の間の鴨居には腰紐が吊るされていて
化粧台の椅子が部屋の隅に転がっていた
首筋に赤黒く残るその跡を
そっと指で触れる
どうして…
どうしてですか、裕様……
自ら生命を絶たれるほどお辛かったのならば
何故、枕替えなどなさったのですか……
“お前はまだまだこれからや
頑張りや…”
なぜ一人で苦しみ
逝かれてしまわれたのですか
他に策はなかったのですか……?
生きるということは
死ぬより酷なことなのですか
教えてくださいませ、裕様……