第1章 かりそめの遊艶楼
❦ 櫻井Side ❦
こっちに来て数日
俺の朝は、カフェラテを飲みながらの英字新聞と決まっていた
「へぇ…」
紙を1枚捲り、また目に映っていく英語を頭の中で和訳する
ここはホテルの一室
家はこっちにもある
けど連れてきた秘書を
父親が連れ込んでる姿は優に想像できてしまうから
敢えて幹部達と同じ、ここのホテルに1ヵ月宿泊という策をとった
「…7時…あっちは夜か…」
文字で埋まった紙の向こう
壁に掛かった時計が視界に入り、今日も呟いた
そこから視線は動かず、結局新聞を熟読できないなんてのも毎朝の事
…考えてしまう毎日
和也
今…どうしてる?
と
「……んなの…1つしかねぇよな…」
カフェラテが入ったカップの取っ手に指をくぐらせると持ち上げないで
意味もなく、描かれた模様を見つめる
…心配なんだ
ちゃんと食べてんのか
寝てんのか
酷いことされて…泣いてんじゃないのか…
和也の泣き顔が浮かんでズキッと胸が痛んだ
「…俺が言えたことじゃ…なかったな…」
気持ちがどんどん沈んでいく
座っていた椅子から腰を上げ
ベッド脇に置いてある、パックリと開かれたキャリーケースへ近寄った
持ってきた物が詰まるその上に、ポツンと置かれた本をとる
昨日も見ていた
和也に渡したものより少しだけレベルの高い楽譜
もっと色々…
やってた頃の、難しい曲の楽譜はいっぱいあったけど
久しぶりに弾いた演奏が酷すぎだったから
こっからまた始めようと持ってきた
家のピアノで弾けたら良かったけど
読むだけでも十分
読んでるだけ
それだけでも
和也と繋がってる気がするよ…
「どこまでだったか…」
これで気持ちを立て直そうと昨日の続きの音符読みを開始する間際、父から着信が入ってしまった
「はい、はい…すぐに…」
終了ボタンをタップし、時計を確認すれば
今し方来いと言われた時刻までそれほど余裕はなく
「もっと早くかけてくればいいのに…」
今に始まった事じゃないとはいえ
こっちのことも少しは考えて欲しい
呼ばれたビルへはこっからだと距離があるんだよっ
心で叫びながら手早く支度を済ませ、鞄を握り部屋を出た
ついでにとドアノブにベッドメイクをお願いする札を掛けて
タクシーでその場所へ向かった