第1章 かりそめの遊艶楼
「和也! どうした?!」
雅紀さんが血相を変えて飛んできた
「足を挫いたのか…?」
小さく頷くと
その背に乗るようにと僕を施した
「他の者は見世へ並んで。
光一、あとは頼むよ?」
「承知しました」
雅紀さんに背負われて
慧と共に医務室へと向かう
呼びつけた抱えの医者に手当をしてもらい
楼主の判断で今日はもう見世に出なくても良い、ということになった
「和也様…」
慧が不安そうに僕を見つめる
「裕様の苛立ちもわからないわけではありません
それぞれのお立場がある
皆、必死なのですから…」
「和也様はお優し過ぎます!
怪我をさせられたのですよ?!
黙ってはいられません!」
「慧、」
それ以上物を言うのではない、と
目で諭した
此処で生きていくには
我慢も必要
自分が古株になった時
下の者に同じ思いをさせるようなことをしなければ良い
悪いしきたりは絶ち
同じ魅陰同士上手くやっていけるように。
納得の行かない様子で慧が去ったあと
「和也」
内通路から裕様の声が聞こえた
「はい、」
「このままここで聞いてくれるか、」
「…はい、」
襖一枚隔てて
裕様が僕に話しかける
「すまんかったね…
光一様にこっ酷く叱られたわ
こんなんやからウチのお客人は次々と新人に寝返ってしまうんやね…」
「裕様…
悲しいことに、魅陰の数は月を追う毎に増えてまいります
新人の私もいずれ古株になる
裕様のお気持ちもわかるのです…
でも、お客人の指名替えは
私達魅陰にはどうすることも出来ない
出来ることがあるとするならば
新しい子達が少しでも辛い思いをすることのないように
アドバイスをして差し上げること…
…藍姫様のように」
「…そうやね……」
「この度のことは気になさらないでください、裕様」
「和也…ウチはもう……男客相手の魅陰としては盛りが過ぎたわ…
女客相手に枕替えすることにするよ
お前はまだまだこれからや
頑張りや…」
畳を摺り歩く音がして
裕様がその場を去ったのがわかった
男の身体しか知らぬ者が
女客を相手にするのは心許ないだろう
裕様
どうか
どうか強く生きてください
未だ痛みの残る足を両手で寄せて
襖の向こうの裕様に向かい
三ツ指を突いて深く頭を下げた