第1章 かりそめの遊艶楼
客人のお相手をした後には
決まってこのおもちゃのピアノを弾く習慣がついた
当初60分だった休憩時間が30分に短縮されても
それは変わらなかった
見世に並ぶ時間さえももどかしい
なれどずっと並んだまま、ということはそう滅多にあることではなく
僕を指名する客人は日に日に増えていった
それを心良く思わないのは
歳を重ねた古株の魅陰達
客人は新しい者に興味を惹かれるから
古株は見世に出ても売れ残ることが多くなるのだ
その矛先は寝返ったお客人ではなく
新人魅陰へと向く
陰湿な虐めが始まるのだ
そして僕も
いよいよその対象になってしまった
「アンタ、光一様の良い人を盗ったんやて?」
「盗っただなんて、そんな…」
「どんな手を使うたのかわかったもんじゃないねぇ
あの方はお優しいから何も言わへんけど
ウチの客をたらしこんだら承知せぇへんよ?」
「…っ、失礼致します、」
あまりの威圧感に耐えきれず
その場を去ろうとした時
着物の裾を踏まれ
盛大に転んでしまった
「あはははは! ほんまに鈍くさいわ!」
「…っ、」
「和也様! お怪我はありませんか!」
慧が慌てて飛んできて
古株の魅陰を睨み付ける
「この様な事はお止めください、裕様!」
「このような事? ふっ…なんのことやろか?」
「慧、
僕は大丈夫ですから、」
「でも…」
慧まで巻き添えにしてしまっては大事だと
立ち上がろうとするも、どうやら足首を捻ってしまったようだ
膝もジンジンと痛む
「騒がしい
何事ですか」
「光一様…!」
光一様は僕を見るや
スッと手を差し伸べてくれた
「立てますか?」
「あ…」
「何処か痛めたの?」
「足首を…捻ってしまったようです…」
「慧。雅紀さんを呼んできて?」
「はい…!」
慧がその場を飛び出して行くと
光一様はふと、僕の着物に目をやった
「和也、でしたね?」
「はい、」
「これはどうされたのです?」
光一様の目線の先には
着物の裾にしっかりと付いた
履物の踏み跡
「いや…」
「和也の着物を踏んだのは誰です!」
いつも穏やかな光一様が声を張り上げ
その場の空気が一変する
「光一様!…本当になんでもないのです
僕の不注意なんです」
裕様がギュッと唇を噛んだ