第1章 かりそめの遊艶楼
❦ 櫻井Side ❦
嬉しかった
背中に回った小さな手
笑顔
約束の口付け
俺の名前を呼ぶ声
…"好き"たった2文字の言葉
買ってきた愛って
俺が見て、感じてきた愛ってなんだったんだ
丸切し違う
和也を好きになったことで知った
これが本物なんだ
温かいな…
「翔様…」
俺の腕枕でうとうとし始めている和也を
もう1度だけぎゅっと抱き締めた
そろそろ時間だろう
会えない分、しっかり和也を充電して…
「く…苦し…」
「あ、わ、悪いっ」
離れたくない想いが強くて…つい力任せに
すぐ腕の中から解放してやり
起き上がって、ワイシャツを羽織った
その裾をクンと引かれる
「ん?」
視線を向けると
寝ながら、こちらをしょんぼり見つめる和也
「…そんな顔すんなよ
1ヵ月後には必ずここへ来る、約束したろ?」
不安を仰がないようにこやかに
人差し指を自分の唇にトントンとつけた
するとゆっくり起き上がった和也が、俺にふんわり微笑み掛ける
「はい…お待ちしております」
「ん、待っててくれ…」
部屋から見送る和也に何度も振り返って、名残惜しくも遊艶楼を出た
決まっていた
大学の長い夏休みの前半は
大半を専務として会社で過ごし、間近で経営のノウハウを学ぶ事
後半は社長と数名の幹部に混じり、外国に行く事…
「明日、朝一の便で向かう
準備を確認したら今日は早めに寝てしまいなさい」
家に帰った俺を見るなり、風呂を済ませた父がそう言い去っていった
「はい…」
会社での体験は
大学生の俺にとって貴重なものだったけど
一日中そこにいることが日に日に辛抱できなくなって
教えられ踏み入った、あの場所…
そこで、たった1ヵ月という長くはない期間でも
会えない事が恋しいと思う子を見つけてしまった
…予測なんてできなかった
「はぁ…早く終わんねぇかな…」
呟きながら自分の部屋に入り、カーテンと窓を開けると
ダンスホールで和也と見た月が煌々と輝いていた
前は…綺麗に見えたのに
俺の心境がそうだからなのか
1人で見るその光はとても寂しいものだった
好きになったけど…
やっぱ、和也と見る月の方が好きだ