第1章 かりそめの遊艶楼
「櫻井様、
もう僕は櫻井様に怖さを感じておりません」
櫻井様の手を取ってそっと握った
「僕のためにこんなにも楽しい時間を作ってくださった
そのお気持ちがとても嬉しいんです
ありがとうございます、櫻井様」
「和也…」
温かい、手の温もり
その手を握りしめたまま
しばし見つめ合った
「一つ、願いを聞いてくれないか…?」
「なんでしょうか、」
「翔、と呼んで欲しい」
「翔…様…」
「ありがとう、和也…
これで会えない間も頑張れそうだ」
ふわりと微笑んだ翔様は月の明かりに照らされて
とても美しく
胸が熱くなった
なんだろう、この気持ちは
擽ったいような
疼くような想い
「僕の願いも…聞いていただけませんか…?」
「何だ…?」
「一ヶ月後…また会いに来てくれると約束してください」
「和也も俺にまた会いたいって
思ってくれてるのか…?」
僕は大きく頷いた
「そうか…
あぁ…良かった…
俺の独りよがりだと思っていたから…
ありがとう
本当に嬉しいよ」
「約束…してくださいますね…?」
「あぁ、約束だ」
「口約束は
約束とは言わないのですよ、」
「えっ…じゃあ、どうすればいいんだ?」
「願わくば、口付けで」
ニコリと微笑むと
そっと目を瞑った
見えなくとも
翔様のお顔が近付いてくるのを感じる
そっと
唇が触れ合った
僅かに震えていたその唇を
愛おしいと感じたんだ
「っ…はぁっ…
参ったな、俺…こんな気持ち生まれて初めてだ…」
「翔様…」
「和也…
もっと抱きしめてもいいか…?」
「はい、」
ギュッと抱きしめられて
翔様の鼓動を感じる
「離れたくなくなるじゃないか…」
刻々と過ぎる時間を恨めしそうに
抱きしめながら髪を撫でる大きな手が嬉しくて
「僕ももっと…翔様と一緒に居たい
そして
翔様のことを…もっと知りたいです」
まわした腕に
ギュッと力を込めた
月が僕たちを照らしている
グランドピアノの先まで伸びた二つの影が
朧げに重なっていた