第1章 かりそめの遊艶楼
❦和也Side❦
「和也…」
引き寄せられ
櫻井様の胸の中に包まれた
不思議と怖さも嫌悪感もなく
それどころか、僕の名を呼ぶ声さえも心地良くて
「櫻井様…」
櫻井様のお背にそっと腕を回すと
驚いたように僕を見つめた
「怖く…ないのか…?」
「ええ、全く」
「無理してないか…?」
「しておりません、」
櫻井様が不安そうに聞くから
「とても心地が良いです」
思ったことをそのまま言葉にして伝え
身を預けるようにして目を瞑った
髪に
櫻井様の吐息を感じる
「…幸せだ」
「えっ…?」
「あっ、いや…」
しまった、という顔をするけど
それは用意していた言葉ではなく
思わず口をついて出た言葉なのだとわかる
「せっ…折角この部屋を用意してもらったんだ
一緒に月を見ないか」
慌てたようにパッと手を離して
櫻井様が大きな窓の方へと駆け寄る
「ほら、月が綺麗だよ
和也も早くおいで」
「只今、」
窓枠に手を付き
真っ直ぐに月を見つめるその瞳は
わざと僕のことを見ないようにしているように感じた
「本当ですね
とても綺麗…」
「和也は月が好きだろう?」
「はい、」
「俺も月が好きになった」
「えっ…?」
「今、大学の夏休み中なんだが
残りの一ヶ月、仕事の関係で外国に行くんだ
だから明日から会えなくなる
その前にどうしても和也との良い思い出が欲しかったんだ
月を見ればきっと今日のことを思い出す
和也も
月を見て俺を思い出してくれるか…?」
一ヶ月も…
突然のことに動揺した
昨日、僕を思いのままに抱いたことを謝り
頭を下げてくださった、櫻井様
素敵なピアノの演奏を聞かせてくださった、櫻井様
僕に
キラキラ星という曲を教えてくださった、櫻井様
僕の好きな月を
同じように好きになったと言ってくれた、櫻井様…
「それならば…
もそっとお顔をお見せくださいませんか
しかりと、櫻井様を思い出せるように」
視線が、月から此方へと移る
「やっと、僕を見てくださいましたね」
「…やっぱダメだっ…!」
またパッと視線を逸らされてしまった
「和也を見てると
自分のものにしたくなるからさ
お前のこと…もう、怖がらせたくないんだよ
だから…」