第1章 かりそめの遊艶楼
「…はぁ…グダグダだったな…悪い」
家で1回くらい弾いてくればと後悔に薄く笑って
鍵盤を見つめたまま、和也の方へ目線を送れなかった
しばらくそうしていると
「櫻井様…」
小さな声がホールに通った
俺はそっと顔を上げて和也に向かい苦笑する
「もっと綺麗で感動できる曲なんだけど…」
「僕はこの曲を初めて、聞きますけど…十分…すご、かったです」
驚いたという表情を顔全面に貼り付け、掌同士を盛大に叩いていた
どうやら先程までの俺を警戒している感じはとれたみたいだ
俺の方に寄り、鍵盤をちょこっと押して
「おぉー…」
鳴った音に感動する姿は、ただの好奇心旺盛な普通の子供だった
「ピアノ…いい音だろ?」
「はい、とても」
「…弾いてみるか?」
「え…」
「ほら、隣座って」
横を少し空けてあげると遠慮気味に和也が座る
「最初から両手は難しいから、片手で…これはドって音で…」
基本的な音の鍵盤へ置いた右手の指を
説明と共に少しずつ下ろしていき、音を響かせる
真剣に見ていた和也に
やってみ?と首を傾げてみると
「えと…ド、レ」
ぎこちなく指を動かしていた
けど、筋は中々良かった
「飲み込みが早いな
両手でやってみるか?キラキラ星くらいなら…」
今日は月も星も綺麗に見えていたから丁度いいだろう
習い始めの頃はこればっかだったんだよな…
「キラキラ星…?」
「ん、ちょっと聞いてて」
横でゆっくり弾いて見せた
「こんな感じ」
「…すごい」
「和也ならすぐできるって」
指の置き場所とリズム、鍵盤の弾き所
教えていけばいく程に和也の才能が開花されていくよう
「…そんな時間経ってないのに、本当すごいな」
数分の間に両手使いで、教えた一連を弾きこなしてしまった
「櫻井様の…教え方がお上手だから…」
「違うよ、これは才能だ」
「…そんな大層なものでは…」
先の言葉を紡ぐのも忘れ、楽しそうに鍵盤が押されていく
響く音をうっとりと聴く綺麗な横顔から
喜びが伝わってくる
…俺の心がほっこりした
座ったまま、静かに和也の手をとって引き寄せると腕の中に小さな身体をすっぽり収めた
なんだ…胸の底から湧き上がるこの気持ち
「和也…」
この時間がもっと続けばいいのに…