第1章 かりそめの遊艶楼
平気に話しているようで、そうでない事
答えてる時に向けた視線が俺とピッタリ合ってない
声はみるみる小さくなってる
…怖れている証拠だと思う
自業自得だな
「なぁ…和也」
「…はい」
「この間は…すまなかった…」
和也のえ?というような表情を見てから頭を下げた
これで前のことがなくなるわけじゃないけど、今の俺にできる最大限の事だと思った
「おやめくださいっ」
肩を掴まれ身体を起こされると
"大丈夫です"なんて無理矢理、笑みを作られる
そうじゃない…そうじゃなくて
もっとこう
自然に、心から笑ってもらえないだろうか…
「…ソファ座って…」
ピアノの近くに置いてあるそこへ指差せば
訳がわからないという顔をさせながらも、素直に従ってくれた
座る最後まで見届けてから
俺はアンティークなピアノ椅子に腰を下ろし、天井を仰ぐ
電気点けてないけど
外からの青白い光で十分だな
天井は高くて…よく響きそう
試しにポーンと音を出してみれば、心地良い反響音と
しっかり施された調律
一気に胸が踊った
「…うし」
会社で暗譜してきた曲と指のイメトレを思い出しつつ
鍵盤に両手をつける
久しぶりだから今の腕前は未知数…
ふぅっと息を吐き出すとゆっくり指を滑らせた
__
選んだ曲は、ショパン【別れの曲】
大好きだった
優しく美しい旋律から、中盤には軽快な重低音を響かせて
また…前半の落ち着きが戻る
そんな儚くも力強い曲調が…
エチュードと言えど、曲の変動が難しくて
何度も挫折しかけては
"絶対弾いてやる"
って子供ながらに燃えた曲でもあったな
『そこからクレッシェンド、強くなりすぎないで…』
はは…指導してくれた先生まで甦ってきた
…あ
『いつもそこで挫いちゃうわね』
いや…弾けたよ
小さかった子供の頃の俺の手
大人の手になった今、やっと克服できた
まだ、俺は捨てたもんじゃないって
間に合うって言ってんのかな…
先生…この曲名は日本人がつけたものだから本当は違うって言ってたけど
…俺にとっては"別れ"だ
今日、この瞬間から昔の俺に"別れ"を告げる
あぁ…また間違えた
手はでかくなったけど指が思うように動かねぇや
ごめん、もっと完璧なのを聞かせたかった
____……