第1章 かりそめの遊艶楼
❦ 櫻井Side ❦
洋館を出た後、俺の足は父親の経営する会社ではなく
真っ直ぐ家に向かっていた
番頭が言った、ダンスホールのピアノ
そのワードが背中を押していたんだ
「…楽譜、たぶんあるよな…」
どこにあったか思い出しながら歩き
家に着くと直ぐ様、物置小屋と化した広めの部屋で心当たりを探る
「確か…ここら辺に」
俺は中学に上がるまで
英才教育の一環としてピアノを習っていた
初めは嫌々だったけど
弾いていく内に夢中になって、朝から晩までやってた記憶がある
それが今では
家にピアノはあるけど、置いてある部屋の存在も忘れて…
だから今日、和也と過ごす所にあるなら
何年ぶりかに弾いてみようかな…なんてちょっとワクワクしてた
「あったあった」
発見した楽譜を何枚か手に持ち、メイドの見送りを背に会社へ出勤して
「今夜…楽しく過ごせるといいな…」
期待と不安を胸に、約束の夜を待った
「お待ちしておりました」
気持ちが高ぶって、時間より少し早く着いてしまった
それに嫌な顔一つ見せない、いつもの茶髪の青年
奥から案内役の部屋子を呼んで
「お願いね…では櫻井様ごゆるりと」
そう頭を下げられた
「無理言って申し訳なかったな…ありがとう」
「…いえ…」
番頭の横を過ぎ、階段を上がる部屋子の後を追った
1歩1歩…和也の元へ足が進む
前回…終始、泣いていた和也
思い出すのは泣き顔ばかり
それに次いで、自分の事を話した時の悲しい…切ない顔
…背中に回って来なかった…和也の両手
「和也様は中におられます」
着いた扉の前で言われるとその子により、入口が開放された
途端に飛び込んでくる、広々した空間
奥にポツンと置かれたグランドピアノ
そして
「あ……はは」
月明かりでライトアップされた、この黒いものはなんだ
そう聞こえてきそうなくらい不審な動きをする小さな影が1つ
興味津々に見たり、触ったり…
「…明かりも点けないで」
なんだか微笑ましくて
顔を綻ばせながらホールに入り、近寄っていった
「…あ…櫻井様」
「見るのも、触れるのも初めてか?」
「はい…あ、ご指名…」
「あぁーいいよ…今日はそんな堅苦しくなくて」
「でも、決まりなので…」
本人はきっと分かってない