第1章 かりそめの遊艶楼
「今夜、櫻井様の指名が入ったよ
丸一日分の料金を前金で支払って行ったから
今日の客も櫻井様だけだよ」
「そう…ですか」
「それから
場所は此処ではなく最上階のダンスホールで」
「ダンスホール…?」
「和也と二人で
月の見える部屋で過ごしたいのだそうだよ」
「櫻井様が…僕と、月を…」
櫻井様の不可解な行動は和也にも思い当たる節は無さそうだった
「水揚げしたばかりだ
時間までゆっくりしてればいいよ」
そっと髪を撫でると
和也が気持ち良さそうに目を瞑った
「雅紀さんのこの大きな手が
僕は好きです」
「え…?」
「いつもいつも
指南が終わるとこうして頭を撫でてくれたから…」
「和也…」
思わず抱きしめそうになるも
グッと堪えた
「僕が立派な魅陰になれば
雅紀さんにもご恩返しが出来ますか…?」
「…あぁ。」
「精進致します」
俺はまたひとつ
自分の心を偽った
本当は誰の手にも触れさせたくないと言ったら
和也はどう思うだろうか
「雅紀さん…?」
「あぁ、すまない
和也の髪を撫でるのがよっぽど好きなようだよ」
「心地良くって眠ってしまいそうです」
クスッと微笑う和也を見ていると
このまま時が止まってしまえばいいのにと思ってしまう
この柔らかな髪を撫でながら
隣りで眠ることができたなら
どんなに幸せだろうか
「おやすみ、和也」
辛くても
見守り続けよう
十字架を背に負ったまま
今一度眠りについた和也の頬にキスを落とし
蜩の間を後にした
そろそろ一番客がやってくる時間
楼の外へ出て打ち水を撒き
ついでに草木にも水をやる
自生したこの白い花の名前は“チューベローズ”というのだそうだ
月夜の晩により一層妖艶な香りを強く放つ特性から
他国では“月下香”と呼ばれることもあるらしい
「よくぞここに咲いてくれた、という感じだね
それとも誰かの陰謀でここに植えられたのかな、」
この場所でしか生きて行くことのできない魅陰達を象徴するかのような
チューベローズの花
花言葉は
“危険な快楽”