第1章 かりそめの遊艶楼
「ごめん、俺、仕事に戻るよ」
雅紀が部屋を後にすると
俺はもう一度デスクの引き出しからあの絵を取り出した
『昌宏さんっ! 見て、ほら!
ぼくが描いたの!』
『おぉー、智
上手じゃないか!
これ…俺か?』
『うん!』
勉強は苦手だったけど
絵を描いたり物を造ったりすることに長けていた
智が描いた俺の似顔絵は
優しく笑っていて
『すげぇーな、智!
お前画家になれるんじゃないか?』
『ホントっ?!』
『あぁ。
今のうちにサイン貰っとくかな』
『サイン?』
俺はこの時
初めて智にローマ字を教えた
『S・a・t・o・s・h・i
ほら、書いてみな?』
『うーん…上手く書けないよ』
『こう…そう、上手だ』
だいぶ短くなった鉛筆を握る智の手に俺の手を添えて
俺の似顔絵の右下に“Satoshi”とサインを書かせた
『これ、俺にくれるか?』
『もちろん!あげるよ!』
『ありがとな。大事にするよ』
頭を撫でてやると
八重歯をのぞかせて笑顔の花を咲かせた
その笑顔に癒やされていたんだ
社交場とは名ばかりの
金持ちが好き勝手遊ぶ秘密倶楽部で働くこんな俺でも
智の笑顔で心が洗われるようで
その大切だったはずの智の笑顔を
奪ったのは俺だ
『この身を投げても拾って頂いた御恩を返したい
けれども、せめて“初めて”は
貴方に捧げたい
昌宏さん
僕を抱いて下さい…』
初めて智を抱いた夜
未だ赤格子の見世が出来る前の楼では
俺の部屋から月が良く見えた
月明かりに照らされて
重なった二つの影は
涙に濡れて滲んでいた
『ごめん、ごめんな…
お前を守ってやれなかった
智…俺は、お前を…』
『昌宏さん
僕はお金で身体を買われても
心までは売りはしません
心はいつでも昌宏さんのお側に…』
『智…』
『お慕い申し上げております、昌宏さん…』
月を見ると思い出す
あの日の夜のこと
胸に秘めたまま伝えることのなかった
これからも決して伝えないであろう、あの言葉と共に
“智を愛している
今までも
これからも、ずっと
ずっとだ…”