第1章 かりそめの遊艶楼
❦楼主Side❦
― コンコン ―
「雅紀です。失礼致します」
「あぁ」
「珈琲をお持ちしました」
「悪いな。そこに置いといてくれ」
― バタン ―
「またその絵見てたの、まぁ兄」
「雅紀、」
「ごめん…俺、余計なこと言ったね」
「いいんだ」
手にして眺めていた絵を
デスクの引き出しに閉まった
朝と夜にこうしてこの絵を見るのが
あの日から俺の日課になっていた
「…会えばいいのに、」
「会ってどうするんだよ」
「どうするって…」
「アイツに合わせる顔なんてねぇーよ…」
珈琲を乗せていたトレーを握りしめたまま
雅紀はそこを動こうとしない
「そうだ
こんな時間に珍しくお客人が入ったよ」
「ほう…」
「藍姫ご指名で」
「…そうか、」
「ねぇ、まぁ兄」
「ほら、戻って仕事だろ?
俺も目を通さなきゃならない資料があるから」
「うん…」
雅紀が何を言いたいのかなんて
わかりきってるんだ
「お前だって同じだろ…?」
「えっ…?」
「和也だよ」
新人の和也が14歳になる前日
雅紀は俺に土下座をしたんだ
『お願いだよ、まぁ兄! お願いしますっ…!
和也を、どうか魅陰にはしないでやって…!』
雅紀の和也を見るその目が
人を本気で好きなった時のそれと同じだという事に気付くには
そう時間はかからなかった
『和也だけ特別にしてやるわけにはいかない…
わかってくれ、雅紀』
『どうして…
まぁ兄なら気持ちわかるでしょ!どうして駄目なんだよ!
後悔したんだろ!藍姫の時に…』
『…会長の言うことは絶対だ』
『…』
『雅紀
和也のお付き人にならないか…?』
『えっ…? だって…』
『ここんとこ魅陰見習いがまとめて入ってきただろう?
智也一人じゃてんてこ舞いなんだよ』
『それって…』
『お前が和也の初めての男になってやれ』
俺が雅紀にしてやれることはそのくらいだった
楼主と言えども
魅陰見習いとして入ってきた者を
いつまでも部屋子にしておく権限は俺には無い
「辛かったけど…
今でも辛いけど、俺は和也の側で見守ってやりたいって思ってるよ
まぁ兄は違うの…?」
俺には藍姫の側に居てやる資格なんてない
俺とさえ出会わなければ
藍姫は…
智は…