第1章 かりそめの遊艶楼
「…なんか和也の好きなもんとか知らないか?
今度持ってってやろうと…」
身体を離して、メモ帳らしきものを背広の内ポケットから抜きだしていた
「好きな物…それでつる気ですか?」
「…つるっていうか…」
「お金の呪縛からはそう簡単に抜けられそうもありませんね」
あー…と頭を掻く櫻井様の手からメモ帳を掴んで、元あった内ポケットに差し込んだ
「人の心は物ではつれません、お金でも買えません
覚えておいてください」
「…はい」
「和也の好きな物を言っても買えないかと…触れることさえ難しいでしょうし…」
「なんだそれ…」
「月です」
「…そりゃ無理だ」
「ふふ…」
櫻井様の前で笑うのはいつぶりだろうか…
「ありがとう」
「櫻井様から聞けるなんて…」
「な…また笑うのか」
「んふ、またのお越しをお待ち申し上げております」
笑顔のまま畳に頭を下げ
いつもの決まり文句を言うけど、いつもより心が温かかった…
"じゃ"と櫻井様が出ていくのを見届けてから
なんだか無性に月が見たくなって
浴室に入り、窓を開ける
朝だからうっすらにしか見えないけど…やっぱいいな…
「貴方も好きでしたね…昌宏さん…」
懐かしいな…もう10年も前の話
身寄りのない捨て子だった私を拾ってくれましたね
とても優しく、誠実な昌宏さん
私は一瞬で惹かれました
まだ7つであった私に勉強や遊び、色んなことを教えてくださった
…あっという間に歳は重なり、段々と状況を読む力が備わってきて気づいたんです
その時は"秘密クラブ"だったか
経営難に陥っていて借金も膨んでいたこと
どうしたものかと項垂れていた昌宏さんの苦しい顔を見ていられなくて
咄嗟に"僕の身体を売ってください"そう告げていた
猛反対する昌宏さんだったけど
土地の所有者である昌宏さんの親はそれならいけるんじゃないかと喜んで
そして、欲望の吐き処"遊艶楼"はできてしまいました
警察に引っ掛からない未戸籍の捨て子ばかり集めて、昌宏さんは楼主にされて…
こんなに事が大きくなるとは思わなかった
でも私の初めてを泣きながら貰ってくれて…嬉しかった…
拾って育ててくれた、大切にしてくれた
そのご恩を返したかった
全ては貴方の為でした…