第1章 かりそめの遊艶楼
❦ 智(藍姫)Side ❦
日が変わったのを外で実感することはできない
またこの部屋の窓から、昇る陽を見て心が冷めていく
「答えて…あげるべきだったのか」
和也の問いになんとも言えなかった私
…なったとしても鳥籠のようなこの場所から出られる訳ではないんだ
「…はぁ…」
深夜の客人のお相手に疲れはピーク
さすがに疲れたと睡眠をとったが、身体はまだ怠い
何か胃に入れたくて瞼を上げたけど
今日の曜日は、午前中から常連客がくると分かっていたから
「ふぁ…ねむ…」
このまま起きてしまおうと欠伸をしつつ
ただの智から太夫の藍姫に姿を変え始める
身なりを整え
残すは紅を引くのみとなった時
「藍姫様…」
襖の向こうで部屋子の声が聞こえた
指を唇にスッと引いてから返事をすると
その子が素早く入ってきて
「な、どうし」
「櫻井様がいらしております」
私にささっと近寄り、そう耳打ちされて驚いた
早朝に櫻井様が来ることなんて過去に1回でもない
いや、他の客人でさえあまりないことなのに…
「何かいつもより真剣な面持ちで
静止しきれず…もう部屋のそこまで…」
「へ…来てる…?」
すると部屋子の後ろにぼんやりと影が写り出した
「…藍姫」
開けた襖に手を置き、こちらを見つめる櫻井様
何か言いたげな表情だが
私はいつものように座って、その方へ深く頭を落とした
「ご指名ありがとうございます…」
「…部屋子下げてもいいか?」
「はい」
早めに準備しておいて良かった
部屋子が出ていき、部屋に2人きりになったところで
朝でもお決まりに押し倒されるのかと思っていたのに…
いくら待ってもそれは来ない
目の前で座る櫻井様は先程から私を見つめるだけ
「…櫻井様?」
「……俺は…今日は藍姫を抱かない…」
「え…?」
あの櫻井様から出たお言葉に、目が見開いてしまっていた
完全に指名を和也に変えるおつもりなのか…
「私が…お気に召さぬ行動をしたからでしょうか…」
「あ、そうじゃない…その…話がしたくて」
「…じゅ…松本様から、何かお聞きになったのですね」
この洋館にいる子達のこと
客人に話すなんて、今まで考えもしなかったのに
酒で気が緩むとは恐ろしいもの…
でも…潤様だったから話したことだ