第3章 飴玉本舗✡摩訶不思議堂
「これで頭と身体拭いて!
あっ、Tシャツ脱いじゃってください!
代わりにこれ!」
ウェイターさんの迫力に負け、素直に言うことを聞いた
渡されたタオルとダウンジャケットからは同じ香りがしている
いい香りだな…
「重ね重ねホントすみません…
あの、お仕事の途中だったんじゃ…?」
「あぁ、従業員じゃないんで心配ないです
おじさ…マスターにも言って来ましたし、ちょうど上がる時間でしたし
家はどちらですか?」
俺の住んでいる町の名前を告げると
ウェイターさんは困った顔をした
「すみません、地理には長けてるはずなんだけど
ちょっとわからないな」
驚いてこの町の町名を聞くと
全く聞いたことのない名前だった
俺は一体どこまで来てしまったんだ
もう家には帰れないんだろうか…
「あの、取り敢えずうちに来ませんか?」
「え?!」
「明日必ず送って行きますから
今日のところは、ね?」
「や、でも…」
『困った時はお互い様ですから』と
ウェイターさんは微笑んで
有無を言わさず車を発進させた
お節介な程優しいこのウェイターさんの名前は“松本さん”といった
聞けば、歳は俺の一つ下で普段は会社員をしていて
週末の夜の忙しい時だけ、叔父であるマスターの店を手伝っているとの事だった
こんなに人に優しくされたのは
ここ数年
いや
十数年無い気がする
人生も捨てたもんじゃないな、なんて
ちょっぴり思っていた
時間にして15分程だろうか
車を走らせている間に
俺は幾つかの違和感に気が付いた
車は右側通行で
松本さんの車以外も
国産車なのにみんな左ハンドルだという事
信号が左から赤、黄色、青で並び
青が止まれで赤が進めだという事
松本さんがこの黒いレクサスを
白いレクサスと言ったこと
左右や色の概念がおかしい
6月に雪が降るのは…もっとおかしい
「ここです」
随分と高級そうなマンションだなと思いながら車を降りると
俺は松本さんの後に付いて行った