第1章 かりそめの遊艶楼
❦ 櫻井Side ❦
"……実在しないのです"
来た時に通った、長い廊下を引き返している最中
繰り返し和也の言葉が頭の中で回っていた
産まれた時からずっと両親が居て
満足な教育を受けられて
欲しいと言えばなんだって揃っていく…
そんな、何不自由ない俺の暮らし
周りだってそうだった
だから知らなかった
想像もしなかった
真逆の世界があるなんて…
藍姫の部屋へと続く階段付近で潤を待っていると
「ごめん、翔くんお待たせ」
降りて来た、パーティーに居た時よりも赤い顔
それにシャンパンじゃない酒の香り…
「…呑んでたの?」
「あ、そんな分かる?ごめんね」
「別に…謝る必要ねぇよ」
なんだか楽しそうな様子に少しムッとした
こっちは沈み気味なのに…
「潤…この後、なんか予定ある?」
「まぁ…どっか行く?
間に合うようにしてくれるなら大丈夫だよ」
「じゃ、ちょっと付き合って」
先頭をきって出口の扉まで歩き
「またのお越しをお待ち申し上げております」
そう頭を下げる番頭の姿を横目に洋館を出た
数分かけて、たまに立ち寄るカフェに入った
学生の頃に見つけた
高級店でもなんでもない店
…ただ
「コーヒー2つ」
ここのマスターが淹れるコーヒーは異常にうまい
「んで?話あるんでしょ?」
テーブルを挟んで、向かいに座る相手へ何から話そうか…
あそこにいる子は殆どが未戸籍で
和也に至っては借金のカタに売られた子で
「翔くん?」
なんか…知らなかったとは言え
初めての響きに興奮して
和也が泣いてるのにも関わらず抱いた俺って…
「え…泣いてたの?」
「あ…」
その問いに驚くと
ぼやけて見えていた潤の顔がはっきり目に映った
声に出てた…?
どっから…
「あの魅陰の子、泣かしたの?」
その部分だけか
「そんな酷い抱き方したの?」
「…いつもよりちょっと荒かったかもしんねぇけど…普通だよ」
抱き方は、あんな興奮が高まらなきゃ
藍姫を抱いた時と差ほど変わらない…はず
「翔くんの普通がどんなか知らないけど
泣かせるのはよくないよ…」
怒鳴られた方がマシだったかもしれない
冷静に言われると余計胸に響いた