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びゅーてぃふる ❦ ふれぐらんす【気象系BL】

第1章 かりそめの遊艶楼


「実在しないって、意味わかんねぇ…」


わからなくていい
理解する必要なんてないんだ





「あっ…」


櫻井様が大きな目を更に大きく見開く



「未戸籍という事か?」


僕は黙って頷いた


「そうか…
じゃあ、学校には通ってないのか?」

「…学校というものがどんなものかさえもわかりません、」


「読み書きは、」

「五十音表で覚えました」


「…親兄弟は、」

「…おりません。
櫻井様。私のことは、もう…」



「あぁ…すまない

最後に一つだけ教えてくれ。
何故、此処で働いてるんだ?」





「…十三まで育ててくれた家の、借金のカタに、」





「櫻井様、宜しいでしょうか」


廊下から慧の声が聞こえた


「そろそろお時間のようです。
今宵は御指名戴きまして有難う御座いました
またのお越しをお待ち申し上げております」


三ツ指をついて深く頭を下げると

「和也、」

櫻井様に名前を呼ばれ
ふと顔をあげた



「また、来るよ」


フッと抱き寄せられて
気付いた時には櫻井様の胸の中に居た


僕は


抱きしめ返す事が出来なかった



スッと櫻井様の身体が離れていく
眉をハの字に下げて
悲しそうに笑った櫻井様のその表情は
今日初めて僕に見せたものだった


襖を開けた慧が
心配そうな目をしている


櫻井様は立ち上がり、背広を羽織ると
僕の方を一度も振り返らずに
蜩の間を後にした。



「和也様、大丈夫ですか…?」

「僕は大丈夫」

「少し休まれてください
褥部屋は整えてありますから」

「有難う、慧
褥部屋の格子窓を開けてきてもらえますか?
夜風を入れたいので、」

「承知しました」



格子窓は丸くて小さく、
ここからでは月は見えない

右衛門掛けに掛けられた山吹色の振り袖を眺めながら
小さく溜息をついた


…地獄はまだまだ始まったばかり。
今日も
明日も
明後日も
僕はこの無限地獄を生きて行く


生きて、行くんだ。
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