第1章 かりそめの遊艶楼
「藍姫の部屋の風呂から見る夜景もいいが
ここからの眺めも悪くないな、和也」
空に浮かぶ朧月は
僕の汚れを映し出しているようで。
「実に綺麗だ」
綺麗なんかじゃない
僕は…、
「…っ、」
「和也…?」
また涙が一つ、零れ落ちた
「どうした」
「…申し訳御座いません
何でもありません…」
「…そうか」
機嫌を損ねてしまったか
「なぁ、和也」
「…はい、」
「お前、幾つだ?」
「…十四で御座います、」
「14?! ははっ、日本の警察は何をやってるんだか」
「…暗黙の了解でしょう。
此処に居る魅陰の殆どは……」
真実を語る必要は無い。
そう思い直して口を噤んだ
「そろそろ出ないと逆上せてしまいますから、」
「あぁ、そうだな」
身体を拭き
洗面棚に常備されている赤襦袢を羽織る
部屋に戻り
冷たい茶を一杯差し出すと
ゴクゴクとそれを飲み干して
櫻井様が僕を見つめた
グッと腕を握られる
「…痛いっ…!」
「続き、」
「…えっ…?」
「さっきの続きだよ」
まだ僕を抱くおつもりなのか
「櫻井様、もうお時間があまりありませんので、」
「あ?
そうじゃねぇよ、さっき風呂で言ってたことの続き。
此処に居る魅陰の殆どは、何だよ?
その“殆ど”の中に和也も入ってるんだろ?
そこ、聞かせろよ」
櫻井様の目の色が鋭く光った
「…実在しないのです、」
「…は?」
僕達には戸籍が無い
産まれた記録も
死んだ記録も残らないんだ
富裕層のこの人には
到底分からない世界だろう
そしてこの遊艶楼が
元は富裕層達の社交の場であり
そこから二転三転と姿を変え
男色の欲望を満たす魅陰茶屋に成り代わったという事実も
この人には知る必要さえないのだろう