第1章 かりそめの遊艶楼
松の間にしたのは
昌宏さんの恩を忘れない為
そうでした…
「じゃあそろそろ、行くかな」
"元気でな"
そう囁き、私の肩をポンと叩いて
荷物を持った昌宏さんが足を進ませていく
「あ…」
行ってしまう
私を育ててくださった方が…
昌宏さんが…
私の知らないところへ…
『智?』
『こら!智!』
『はははっ智』
『よくできたな、智!』
『智…
すまない…智』
「昌宏さん!!」
「……ん?」
昌宏さん…
昌宏さん…
「お…お慕いしておりました…」
私は…昌宏さんを親のように…
「寂しいです…
私には昌宏さんを止める権利など…力などございませんが…」
居なくなってしまわれるのがこんなにも悲しい
「……智…ありがとな」
「…っ」
…やめてください
そんな切ないお顔で…
お礼を申し上げるのは私の方です
「私の方こそ…
ここまで育てていただいて…住む場所や食事や…色んなものを与えてくださっ…って…」
…ダメです、智
泣いてはいけません
昌宏さんの前でもうあの頃の"智"を出してはいけない
決めたでしょう
「…ありがとうございました!!」
昌宏さん
私は強くなりました
どうぞ心配なさらずに
昌宏さんの道を…生きていってくださいませ
「……お前は俺の誇りだ」
「勿体無き…お言葉でございます」
「…本当に最後だ
抱擁くらい交わすか」
「はい…」
着物と襦袢を昌宏さんが使っていた机に置き
昌宏さんは荷物をその場に落とした
広げられた昌宏さんの腕の中へ
私はすっぽりと収められる
「別に変な意味はないが…恋人には内緒にしとけよ?」
「…ふふふ…はい」
最後になる昌宏さんの温もり、匂い
心にそっとしまいこんで
ゆっくりと離れた
「下まで、お送り致します」
「ありがとう…」
下の踊り場には皆、集まっていた
昌宏さんは、まだ部屋子にもなっていなかった子から順に1人1人の頭を撫でていき
最後、雅紀さんの頭を撫で終わると
私達に向かい深く深く頭を下げられた
「皆の幸せを願っている…」
その言葉だけ言い残し
昌宏さんは遊艶楼から旅立ってしまわれた…