第1章 かりそめの遊艶楼
❦ 智(藍姫)side ❦
「そんなに小さかったのですね…私は」
開け放たれた楼主部屋の入口から声を掛けると
昌宏さんは私に向かい、微笑んでくださった
私も笑みを返しながら部屋の中へ足を踏み入れる
「昌宏さん」
「ん?」
「そこに
今の私の成長を刻んでくださいませんか?」
小さかった頃のように、柱に背を預ける
「……あぁ
じっとしてろよ?」
フッと笑って、ペンを持った昌宏さんが印を残していく
「…大きくなったな、智」
「もう…22でございますので…」
「そうだったな…よし、いいぞ」
「ありがとうございます」
振り返り、残された印を見るとジンと胸が熱くなった
こんなに成長できたんだと…嬉しかった
昌宏さんのお陰でございます
昌宏さんに拾ってもらわなければきっと…
きっと私は下の印で止まっていた
この世には…居なかった
「その着物は…」
手に抱えていたものを指差され
ここにはそのお願いで来たんだと思い出す
「…昌宏さんにお願いがございまして」
「なんだ?」
「これを私にいただけないかと…」
「…智」
雅紀さんから
皆が着ていた着物などは全て処分すると聞き
慌てて確保した、藍色の着物と襦袢
これは私が太夫、藍姫となった時に昌宏さんが与えてくだすったもの
『智には藍色が似合うな』
『そうなのですか?…僕には分かりません…』
『"私"だろ?ほら…鏡見てみろ』
『わぁ…』
『すごく…綺麗だ…』
小さくて、もう着ることはできないけれど…せめて
「処分してしまわれるのでしたら
思い出の品として…
昌宏さんが初めて与えてくだすった、この藍色の着物と襦袢をいただきたいのです
…大事に致します故」
そう深く頭を下げると
「よせ…分かったから」
昌宏さんに肩を揺すられて、視線を徐々に上げていった
良かった
これでお別れになっても昌宏さんはここに…
思いながら再び昌宏さんのお顔を見ると
また記憶の断片が甦ってくる
『松岡昌宏だ、よろしくな智』
15年前…ここから始まりましたね
昌宏さんとの日々
『勉強はあんまり向かないなー…絵ならどうだ?』
楽しかった
ただただ…楽しくて、嬉しくて
『くそ…ごめん智』
恩を返したくなった