第1章 かりそめの遊艶楼
「それから…智」
「はい」
「本当にすまなかっ…」
「感謝しております」
「…」
「…昌宏さんと出会えた事
私を救ってくださった事
真に感謝しております故
すまなかったなどと…仰らないでくださいませ」
「智…」
目に強い力を持って凛とする智に
泣き虫だったあの頃の面影は何処にもない
「昌宏さんは後悔しておりますか
私と…出会った事を」
「いや、」
俺は…
「ならば」
「あぁ。
俺もお前と出会えて良かったよ」
色々な事があったこの15年
お前はこんなにも逞しくなった
「ありがとうございます、昌宏さん…」
「智」
「はい、」
「お前は今、幸せか…?」
「真に幸せでございます」
「そうか…」
救われたのは俺の方だよ、智…
俺の苦しみが
お前の苦しみでもあったように
お前の幸せは
俺の幸せだ
『昌宏さん、待って! 待ってよー!』
俺を追いかけて
何処までも走って付いてきた智の手が
自らの意志で離れて行く
ならば笑顔でその手を離そう
お前との15年を
胸に抱いたまま…
出入り口の扉を大きく開けると
陽の光が皆を照らした
「まぁ兄」
「あぁ」
“遊艷楼”
と書かれた看板を外すと
洋館の外壁のタイルのそこだけが違う色をしていて
8年という長い年月を改めて実感した
「じゃあ…これ、かけるよ?」
新しくなった看板を雅紀に託す
そこには
“児童養護施設 魅華月 (みかづき)”
の文字
智と和也
そして此処に残る子供達が
この洋館が生まれ変わる瞬間を見届けていた
「長い間、お疲れ様でしたっ…!」
「「「お疲れ様で御座居ました!」」」
雅紀と、元魅陰、元部屋子達までが
俺に頭を下げた
「お前ら…」
「松岡様
辛い事も苦しい事もありましたが…
私は…此処が好きです」
「和也…」
「僕も!
僕も此処が好きだよ、松岡さん!」
「健…」
どうして此処の子らはこんなにも…
「ありがとう」
ただその一言を言うだけで精一杯だった
「こんなに広かったっけな…」
楼主部屋に戻ると
部屋をぐるりと見渡した
あぁ、コレ…昔、ここで智の身長を測ってたんだったな…
アイツ…ちっちゃかったな…
開け放したドアの方に人の気配がして
振り返るとそこには智が佇んでいた