第1章 かりそめの遊艶楼
❦楼主Side❦
「8年か…」
8年前の今日
俺は初めて智を抱いた
今よりもずっと小さくて
幼かったアイツを。
あの時、俺は非力だった
守ってやれなくて…すまなかった
8年もの間
ずっとお前を苦しめ続けてきた
その背中に背負った十字架は
今日、此処へ置いて行け
智
幸せになれ
幸せになるんだ
お前と
お前が愛した同志達の
幸せを、この先もずっと願おう。
「まぁ兄、入るよ」
楼主部屋に入ってきた雅紀が
殺風景なこの部屋を見てポカンとする
「これ…」
「あぁ。
だいぶ片付いただろう?」
「まぁ兄…これからどうするんだよ…」
「俺のことは心配するな
雅紀
お前にも苦労かけたな」
「苦労だなんて…」
「すまなかった」
俺は深く頭を下げた
「やめてよ…」
「残った子達のこと、頼んだぞ」
「…っ、はい…」
児童福祉施設に生まれ変わるこの洋館を
今後、施設長として運営していくのは雅紀だ
雅紀なら
松本さんの下でしっかりやってくれるだろう
「運営は光一もサポートしてくれる
お前なら大丈夫だよ」
雅紀の肩をポンと叩くと
ほんの少し
哀しそうに微笑った
「太輔が一人前になるまでは、健も居てくれるって」
「あの二人…そうか、」
魅陰達も辛い事ばかりではなかったのだと思うと
それだけで救われた気がした
「…下でみんなが待ってるよ
昨日まぁ兄が渡した服、着てさ」
「そうか…
行こうか」
紅格子の見世の前には
既に全員が顔を揃えていた
「おはよう。
皆、良く似合ってるな」
いつもの着物ではなく
洋服に着替えた魅陰達の姿は
どこからどう見ても普通の男の子で
こんな幼い子が長年に渡り
大人達の欲望を受け止めて来たのだと思うと
胸が締め付けられる思いだった
「今まで…よく頑張ってくれた
苦しい思いを沢山させてしまって…すまなかった
今日でこの楼は閉鎖する
これからは雅紀が、松本さんの指導の元
お前達の面倒を見るから…
何か困ったことがあれば雅紀に相談するように。
それから…本日二名、此処から巣立つ者がいる。
和也」
「はい、」
「お前には随分と無理をさせた
たった一ヶ月で太夫になったからな…
櫻井さんに良くしてもらうんだぞ
幸せになってくれ」
「ありがとう…ございます…」