第1章 かりそめの遊艶楼
「そんなのっ…僕が許さないって言ってるだろっ…!
太輔が魅陰になる位なら、僕が今よりもっと稼ぐからっ…!
一日に何十人相手したっていい…!
だからっ…!」
「琥珀様…」
「太輔、お願い…
お願いだから考え直してよ…
僕…耐えられないよ……」
少しでも早く、借金を返し
楼に明るい未来を夢見る事は
此処にいる全ての者の共通の思い
なれど
もし私が琥珀様の立場だったら…
やはり同じ事を言うかもしれません
慧の笑顔に支えられてきたのです
それは、きっと琥珀様も同じ事。
心が壊れてしまった者
自ら死を選んだ者…
魅陰になれば、太輔がそうならないとも限らない
太輔から笑顔を奪うような事は…
そんな危険には晒したくないのでしょう…
「琥珀さ…」
「好きなんだよ…太輔のことが…」
太輔が琥珀様に手を伸ばそうとした時
小さな声で
たった一言
琥珀様が口にされたお言葉
その一言が
この事件の全てを物語っていた
「こはっ…琥珀さ、琥珀様っ…
僕も、っ…僕もっ……!」
太輔を守りたかった、琥珀様
琥珀様を助けたかった、太輔
似た物同士ですね。
同じ様に、相手の為に自分の犠牲を選んで。
でもきっとこれは
愚かな事なんかじゃない
そんな風に思ってしまったら
あまりにも悲しすぎます
「太輔。
ここはどうか一つ
琥珀の想いを汲んでやってはくれませんか…?」
「藍姫様っ…」
「そなたが魅陰になってしまったら
きっと、琥珀の心は壊れてしまう…
ですから…」
「っ…!」
二人は暫し抱き合い
おいおいと泣いて
そして泣きつかれて眠ってしまった
廊下の隅で一部始終を呆然と見ていた慧達の手を借りて
二人を褥部屋の布団まで運ぶ
小さく丸まり、抱き合って眠る二人を部屋に残し
藤の間を後にした
「なぜ、藤の間なのか
ようやっとわかりましたよ」
藍姫様がふわりと微笑む
“藤”の字は
太輔の苗字から取ったのでしょうと教えてくださった
僕が翔様を想い
部屋の名を“櫻の間”にしたように
琥珀様も…
「慧。
慧もあと一年で、十四を迎えるのですよね…」
「はい、」
「ずっと…私の部屋子でいて下さいね…」
「…承知致しました」
下げられたままの慧の頭をそっと撫でると
顔を上げて
そして、天使の様に微笑った
…どうか
その笑顔を絶やさないでいて…