第1章 かりそめの遊艶楼
その時、丁度夕食をとっていた僕は
いつもなら内通路を回って褥部屋側からお声掛けする筈が
あまりにも突然の琥珀様の大声に驚き
咄嗟に居間の襖を開け、廊下に跳び出した
同じ様に廊下に飛び出して来た藍姫様と出くわし
互いに目を丸くする
「聞いてんのかよ! おい!太輔!」
太輔(たいすけ)とは、琥珀様専属の部屋子。
たいそう可愛がり、いつも優しく接しておられたのに
何故この様に怒鳴り付けていらっしゃるのか
こんな事は初めての事。
居ても立っても居られず
藍姫様と二人、急いで藤の間の襖を開けた
「何事です?!」
「さとちゃんは黙っててよ!
コイツがっ…太輔が僕の言うことを聞かないからっ…!」
握り締め、震えた拳からは
琥珀様の怒りの程がこれでもかという位に伝わる
「落ち着いて下さいませ、琥珀様!
どうか落ち着い…」
「和也も黙ってて!
これは僕と太輔の問題なんだか…!」
パンッ
乾いた音が部屋中に響き
次の瞬間には
琥珀様が左頬を抑え、顔を伏せていた
「琥珀様っ!」
琥珀様に駆け寄ろうとした太輔を
藍姫様が制する
「琥珀。いい加減になさい。
感情でモノを言っていたのでは収拾が尽きません
冷静に。出来ますね…?」
藍姫様のお言葉に
琥珀様が小さく頷いた
「…太輔がっ……
魅陰になりたいだなんて言うからっ…」
静まり返った部屋に響く
琥珀様の震える声
「…だから、太輔を怒鳴ったのですか?」
「そうだよ…!
十四になっても指南を受けなくて良くなったのに…
強制でなくなったのに…!
どうして魅陰になる必要があるの?!
太輔はずっと僕の部屋子でいればいいんだ!!」
「琥珀。
太輔の気持ちの理由は聞いたのですか?」
「聞きたくないよ、そんなの…!」
「琥珀様
ここはひとつ、藍姫様の言う様に
互いの思いの丈をきちんと伝え合うてはみませんか…?」
正座をしたまま下を向いている太輔に話しかけた
「太輔。顔を上げて?」
「…っ、はい、」
太輔がゆっくり顔を上げると
藍姫様が琥珀様の肩をそっと抱き
太輔の前へ座らせた
「僕は来月、十四になります…
魅陰になれば少しでも借金返済の協力が出来る
琥珀様の負担を減らせるのではないかと思って…
だから…だから僕は、魅陰になろうって…決意して…」