第1章 かりそめの遊艶楼
❦和也Side❦
翔様の胸に抱かれて
心からの安堵を感じた
明るい未来に向かって歩き始めたんだ
この楼も
僕自身も。
「翔様…」
「ん…?」
「弟子入りするまでもなく
翔様ご自身が魔法使いでいらっしゃいましたね?」
「ははっ
そういや、全部思いのままになったなぁ」
「それだけじゃありませんよ
私にも魔法をかけたでしょう?」
「え?」
翔様がキョトンとする
「…愛して止まず
離れられなくなる魔法をかけたではありませんか」
じっと見つめると
大きなアーモンドのような瞳に吸い込まれそうで
「先に魔法をかけたのは和也の方だろ?」
「私が…?」
「俺が和也に溺れるようにさ」
胸がドキドキと煩い
溺れているのは私の方ですのに…
「それでは
共に溺れますか…?」
「あぁ
シーツの海で溺れようか」
どちらからともなく口付けて
そのまま抱き抱えられ
褥部屋まで連れて行かれると
そっと布団の上に僕を下ろし
シーツの海に
深く
深く、溺れた
何度も求め合いながら
愛の言葉を囁き合いながら…
浴槽に浸かりながら眺める月は
いつにも増して美しかった
月明かりが僕達を照らす
それはまるで
辿り着くべき場所への道標のように
光の道が
真っ直ぐに伸びていた
それから楼では
お付き人としての役割を終えられた光一様が
自らの意思で魅陰へと舞い戻っていらした
太夫の器ですのに
『私を贔屓にしてくださっていたお客人を引き戻すために魅陰に戻るのですから』と
太夫の地位を断り
見世に並ぶ魅陰のトップとして君臨した
僕にくださった着物はそのままに
光一様は
裕様が遺されて行かれた形見とも言える着物を譲り受けることにし
裕様の想いと一緒に、魅陰の品位向上にも力を注いでくださった
それに比例して
客足も少しづつ伸びているように思えた
溶けるように暑い夏も
寒さに身を縮めた冬も
言葉通り、皆一丸となって
借金返済の為に努力を重ね
そして迎えた春
翔様と松本様は、大学を卒業され
翔様はお父上から新会社の代表を任され
松本様はNPO法人設立に向けて動き出した
そんな時だった
いつも天真爛漫な琥珀様の怒鳴り声が
楼内に響き渡ったのは。
「ふざけんなよ!!
俺は認めない!
ぜってー許さねぇから!」