第14章 燈火の 影にかがよふ うつせみの
「…とんでもないことになってしまった…」
オイルランプの灯りが仄かに照らす一室の中。
蛍は一人、敷かれた布団の隣で正座のまま頭を抱えていた。
話だけを交えて去ろうとしたのは、杏寿郎の優しさだったかもしれない。
普段は強引にでも連れ出す力強さがあるのに、時として自分の意志よりも蛍の意志を汲んで行動してくれるからこそ。
そんな杏寿郎の姿を、黙って見送るという選択肢は蛍の中にはなかった。
袖を掴んで引き止めた手は、杏寿郎の手に握られて尚更離れなくなった。
『俺の部屋で、待っていてくれないか』
それだけ告げた杏寿郎の声は落ち着きを取り戻していたが、笑う表情は見慣れたものでどこかほっとしたのを覚えている。
(でも杏寿郎の部屋で待つって…やっぱり、そういうこと、だよね…)
頭を抱えていた両手でぺたりと顔を覆う。
指の隙間から覗いた隣の布団は、鍛錬中の杏寿郎に声をかけに行く前に蛍自身が敷いて準備をしていたものだ。
「(も、もう一式お布団並べるべき? 二つ並べていれば、杏寿郎のことだからそのまま並んで共に寝ようとかそういう流れに──)なる訳ない…!」
悶々と考えれば考える程ドツボに嵌り、熱い湯気を顔から上げる。
凡そそういう情事とは結びつかない、熱くも爽やかなイメージを持つ杏寿郎だが、彼もまた男である。
蛍が欲しいと告げた意味は、確かに欲を含んだものだった。
(杏寿郎でもあんなこと思うんだ…)
男の欲深さなど嫌という程知っていた。
知っていたはずだった。
しかし煉獄杏寿郎という男は、今まで蛍が見てきたどの男達とも似ても似つかなかった。
だからこそ彼の腕の中は安心できた。
生まれて初めて、心の奥底から慕うことができた。
そんな彼に、心だけでなく身体も求められたとしたら。
「…嫌なはず、ない」
顔を覆っていた両手を下げて拳を握る。
口元に当てて、瞳を閉じて。
(大丈夫…大丈夫、)
身体を求められたことに驚きはしたが、嫌悪感などは一切なかった。
色欲の灯火に見つめられても、体を蹂躙してきた男達の目とは違ったからだ。
彼は──
「大丈夫」
囁く言葉は、まるで呪文のように。