第5章 柱《弐》✔
「ではまた明日、同じ時間に」
いつもように締めの言葉を掛ける杏寿郎に、本日はこれで終わ…あれ?
「でもまだ時間は余ってるよ」
まだ夜明けまで一刻以上はある。
道草しても夜のうちに帰れるくらいなのに。もう終わりなの?
「いつも疲労困憊で帰る彩千代少女が屍のようだと言われたのでな! 偶には休んで帰るといい!」
疲労困憊って…確かに、いつも死にそうな顔で屋敷は後にしているけど。
偶に骨を折ったり筋を切ったりして、それこそ死にそうに屋敷は後にしていたけど。
誰がそんなことを言ってくれたんだろう?
「誰がそんなこと…」
「冨岡だ!」
「とみ、おか…?」
って、あの、冨岡義勇?
そう言えば帰り際の私を知っている人物なんて…一人しかいない。
毎回、藤の牢までの道を付き添っている彼だけだ。
「……」
あれから、炎柱邸から牢までの道では一度も彼と言葉を交していない。
交わせない、と言うべきか。
口枷を催促されることで喋るなと言われた気がして…口を開けなくなってしまった。
いつも訓練後に彼との間にできる沈黙の時間は、苦手な時間だ。
「冨岡さんったら優しいのねっ素敵だわっ」
「冨岡が来るまでまだ時間はあるだろう。湯浴みでもして汗を流すといい」
「本当!? じゃあ一緒に入りましょ、蛍ちゃんっ」
嬉しそうに手を握ってくる蜜璃ちゃんに、考え込んでいた思考が止まる。
何? 湯浴みって言った?
「此処、お風呂があるの?」
「無論!」
思わず耳を疑えば、杏寿郎が即答で頷く。
そうだよね、こんなに立派なお屋敷ならお風呂場だってあるよね。
…私の家にはなかったから。
いつもお湯を張った桶の前で、濡らした手拭いで体を拭くことで清潔を保っていた。
今の牢獄での生活も似たようなものだ。
お風呂付きの牢なんてある訳ないから、一日に一度神崎アオイが水を変えた後、それに手拭いを浸して体を拭いていた。
訓練を始めてからも、牢に戻って一番にすることはそれが日課になっていた。
だから熱いお湯に浸かることなんて縁がなくて、思わず心が浮足立つ。
何度か姉さんに連れて行ってもらったことがある銭湯みたいなものなのかな。
お家にあるお風呂って、どんな感じなんだろう?