第11章 鬼さん、こちら。✔
『だから…ね…蛍』
そんな鬼の変貌を見せる私に、臆することなく姉さんは言ったんだ。
『私を…殺して』
…何を、言ったの?
『わた、しは…もう…』
病気のことで弱音なんて吐かなかったのに。
いつか治すって言ってたのに。
『だから…お願い…』
生を諦めた姉さんに憤りさえ感じた。
でもその顔を見ると何も言えなくなってしまった。
『もう…楽に、なりたい』
だって初めてだったんだ。
姉さんが、笑顔で泣く姿を見たのは。
弱々しく震える声を、聞いたのは。
『生き、苦しい、の』
生きることが苦しいと、訴えてきたのは。
『我儘で…ごめん、ね…』
姉さんは一度だって私に我儘なんて言わなかった。
選択肢があれば、いつも私に選ばせてくれた。
『…辛い…思い…ばかり、させて…』
辛いのは看病をしていた私じゃない。
病に侵食されていた姉さん本人だ。
『でも…お願い…蛍は…生きて…私のぶん、まで…命を、繋いで』
もう姉さんが助からないことは、頭のどこかで理解していた。
それでも助けなければと理性が反対した。
でも鬼化した私の頭と体はちぐはぐで、まるでそれが従うべきことのように体は動いた。
『私の…骨も、血も、肉も…貴女に、あげるから』
震える唇を大きく開く。
微笑む姉さんの手が私の後頭部に回って、優しく引き寄せた。
誘われるままに覆い被さった柔らかな肌の上。
その喉元に、ゆっくりと牙を食い込ませた。
『っ…生きて…』
ぶしりと血が唇の隙間からほとばしる。
口内が温かい血で満たされた。
ひゅーひゅーと風穴のような吐息を漏らしながら、絞り出すように姉さんは愛を囁いた。
『…ほたる…だい…すき……よ…』
肉を喰む。
血を啜る。
嚥下する。
『…ぅ…』
飲み込んだ姉さんの一部が、私の体内へと流れ込む。
やがてそれは私の一部となり、生きる糧となる。