第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
(違う…? 何、言ってるの?)
確かに義勇と杏寿郎の蛍との触れ合い方は違う。
しかし二人共に鬼である蛍を認め、支えてくれた者だ。
そこに違いなどない。
しかし彼は、違うと言う。
「…そんなふうに言わないで」
縋るように自然と手が伸びた。
鋭い爪が躊躇するように、燃え盛る炎を描いた羽織の裾を握る。
「杏寿郎も同じだよ。鬼である私を支えてくれた。守ってくれた。杏寿郎が違うと言っても、私には──」
「蛍」
些細だが確かな意思表示。
その小さな仕草を見下ろして、杏寿郎は表情を緩めた。
「ありがとう。だが、いいんだ」
羽織を握る手に触れる、大きな掌。
目覚めた蛍に会いに行った時には、千切れた手首のまま、触れることができなかった温もり。
それを実感すれば、自然と顔が綻ぶ。
「同じでなくてもいい。俺は冨岡のような言葉は伝えられないが、ありのままの君でいて欲しいと思っている」
「それの何が違うの? 私には同じだよ。義勇さんの言葉も、杏寿郎の言葉も」
穏やかな杏寿郎の声とは異なり、蛍の声が不安に上がる。
普段見たことのない謙虚する杏寿郎の姿に、胸の奥がざわついた。
自分は違うなどと否定しないで欲しい。
そんなふうにはなれないなどと背を向けないで欲しい。
いつものように熱いくらいに向き合って、痛いくらいに真っ直ぐに見つめて、そうして引っ張ってくれたら。
気付けばそう望んでいた。
「すごく嬉しかったから」
大きく温かい手を握り返す。
引き止めるようにして告げる蛍に、杏寿郎はほんの少しだけ笑った。
口元に優しい弧を描いて、貫くような目元を緩めて。
いつもの見慣れた笑みとはまるで違う。
鼓動が跳ねて、目が逸らせなくなる。
「特別じゃなくてもいいなんて言えないんだ」
落ち着きのある声が静かに届く。
いつもは煩いくらいに張りのある声。
それが穏やかに変わるだけで、こんなにも違う響きを奏でるとは。
「君は俺にとって、特別な女性(ひと)だから」
綺麗な声だと思った。
「──…え?」
思考がひとつ、遅れる程に。