第2章 今はただ 思ひ絶えなむ とばかりを
この世には、二種類の人間がいる。
この世で生きることを許された人間と、
この世で生きることを許されなかった人間。
ギィイ…
鉄格子の扉が開く時は、いつも耳障りな音がする。
鉄格子のような形をしているけれど、強度の弱いそれは竹筒でできた檻だ。
なのに私には触れることすらできない。
触れなくてもわかる。
鼻に突く咽返(むせかえ)るような匂いは、時に吐き気を催す。
それに触れれば、皮膚は溶け細胞は傷付く。
この暗い通路の奥底では、発光しているかのようにも見える藤色が視界を覆う。
竹の檻に張り巡らされているのは、その色の通りの藤の花。
「こんばんは。彩千代 蛍さん」
ふわりと浮くような足取りで檻の中に入ってきたのは、此処では一番見知った顔。
小柄な体に、蝶を思い起こさせるような羽織に髪飾り。
見上げた先には綺麗な顔が乗っている。
恐ろしい程に、綺麗な顔。
「貴女には、おはようの方が合っていましたね」
始終穏やかな笑顔と腰つきで、持っていた金属の薄い板の箱を女は机に置いた。
中を開けば、体温計や聴診器などの基本的な医療用具から、刃物や注射器のような鋭利な医療器具までが顔を見せる。
「気分はどうですか? 昼間はよく眠れました?」
器具を机に並べながら当たり障りのないことを訊いてくる。
私には、薄っぺらな単語の羅列にしか聞こえない。
この女の名前は、胡蝶(こちょう)しのぶ。
彼女の姿を通して見える〝色〟は、背景の藤色とは似ても似つかない。
静かに根付く怒りを携えた赤銅色(しゃくどういろ)だ。
「さて。それでは、いいですか?」
机に向き合っていた顔がこちらへと向く。
小さな檻の隅でうずくまり縮ませていた体が、条件反射で震えた。
赤銅色を纏った女が、美しい顔で微笑む。
「本日も身体測定からいきましょう」
それが何より恐ろしいのだ。