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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第37章 遊郭へ



 正一さん。
 その名を耳にした男の口角が震えて上がる。

 男は、柚霧が月房屋で働いていた時によく会いに来ていた客の一人だった。
 理想論ばかり口にしては、家柄故に肥えた財力で遊女を好きに抱いていく。
 そんな男が何故柚霧に執着したのか、柚霧自身も最後までわからなかった。
 それでも自分の足で訪れた身売り屋を、必ず自分の足で出ていくと揺るがない意志を持っていた柚霧の目を、いたく気に入っていたのは確かだ。


「嗚呼、柚霧…やはり憶えていてくれたんだな。俺のことを」


 あの時とは顔も体も違うのだ。
 知らないとシラを切ればよかったかもしれない。
 それでもそんな思考に辿り着かなかったのは、この男だからだ。

 月房屋の経営者であった与助とは全く異なる悪寒が蛍の体を駆け巡る。

 男は愛情の中に物理的な加虐性を好んだ。
 つまりは性的な暴行を遊女に向けていた。
 それは柚霧も例外ではなく、幾度となく晒す肌に痣を刻み付けられた過去がある。

 ただ拳を握り暴力を振るうだけなら与助と同じだ。
 しかし正一には与助とは決定的な違いがあった。
 柚霧を傷付けることを愛情の裏返しとし、それでも愚行なものだと事を終えた後は後悔に苛まれ、親身に謝ってきたのだ。

 頸を締められ、意識を失うまで抱かれ、時には拷問のような性行為を強いられた。
 スパンキングのようなものなら序の口、縛りや殴打は日常茶飯事。時には火や水責めのような過酷なものまであった。
 それら全てを柚霧の体を求め、愛を囁きながら強いるのだから恐怖は倍増する。

 この男は人ではない。自分の思考とは全く別のところで物事を考えている生き物だ。
 正一との時間は常に理解が追い付かない、得体の知れないものを相手にしているような気分だった。

 その恐怖は与助には向けられた抗いの心を握り潰し、じわじわと得体の知れない恐怖を蛍に植え付けていった。

 名前を呼ばなければ、どんなおぞましい性行為を求められるのか。
 知っているからこそ震える唇は逃げ道を望んだ。

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