第37章 遊郭へ
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「ほな、またね柚霧ちゃん」
「はい、お気をつけて。あまり余所見をして帰られては嫌ですよ」
「はは、柚霧ちゃんの後に拝む女子(おなご)は味気なくなるさかいなァ。美味い酒も味わしてもろうたし、大人しゅう帰るわ」
「いやだ。思い出さないで下さい、恥ずかしい」
「柚霧ちゃん、ずっと恥ずかしそうにしとったもんなぁ。かいらしかったわぁ」
赤らむ頬を袖で隠してそっぽを向く。そんな花魁に緩んだ笑みを見せる男の顔が赤いのは、酒の名残りか。別のものか。
「ほんま、こない別嬪な花魁やのに初心なんて…はよう儂のもんにしたいわ」
「…倉之助様がお迎えに来て下さるなら、その時は…柚霧も準備をしておきます、ね」
ゆるりと隠していた袖を退き、目元だけで男を捉える。
熱を宿したような潤んだ瞳は覗き込むだけで吸い込まれそうで、男はごくりと無意識のうちに喉を鳴らしていた。
「──ふぅ」
酒の余韻を残した足取りで去っていく客を部屋の前で見送った蛍は、その気配が消えるのを察してから息をついた。
脳裏には未だ、先程までの生々しい行為がこびり付いている。
(わかめ酒なんて久しぶりにした…気持ち悪い)
体を使って盃の代わりをするくらい、体を重ねることに比べれば容易にできる。
それでも腿の間や秘部周りをしつこく舐めてきた男の舌の感覚は残ったままで、事実べたべたと唾液が纏わりつく感覚は未だ残っている。
次の客が来る前に綺麗にしなければならないし、蛍自身もその不快感から早く逃れたかった。
「キクちゃん。温めた手拭いを用意してくれる?」
「わかりましたっ」
「柚霧姐さん、お次のお客様が早めに会いたいと仰ってるみたいで」
「ぇぇ…今終わったばかりだから、用意もしたいし。お客様には悪いけど、少し待ってもらっていい?」
「はぁい」
花の一夜は短い。
それでもとっかえひっかえ男は後を絶たないのだから息も上がる。
実際には他の遊女と違い体力が尽きることなどないけれど、それでも蛍は力無く溜息をついた。