第36章 鬼喰い
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「わぁ、蛍ちゃんっ偶然ねぇ!」
飛び跳ねそうな軽い身のこなしで、蛍の両手を握り華やぐ。
雰囲気に相違ない鮮やかな桜餅色の頭を見て、蛍は圧されるままに頷いた。
「久しぶり。蜜璃ちゃん」
部屋にまで届く大きな声で藤の戸を潜ったのは、恋柱である蜜璃だった。
偶然と言うだけ、この藤の家に訪れる理由があったのだろうか。
近辺は風柱の担当地区である為に、普通なら出会わない柱だ。
「蛍ちゃんのお顔も久しぶりに見られたわ! 嬉しいなぁ」
顔を近付け、言葉通りに嬉しそうに笑う。蜜璃の言動に、蛍も狐面を外したままでいることを再度自覚した。
日頃肌身離さず身に付けているものだ。
そこまで穴が空くように見られると、無いはずの羞恥心も湧く。
「ほんと。嬉しい」
両手を握る手が優しくも寄せるように引く。
蛍を見つめる大きな瞳は、親しい友人の再会を噛み締めるように見つめていた。
「前に見た時より血色もいいし。目もぱっちり開いて…るけど、なんだか潤んでいるような…」
「え、と。蜜璃ちゃん、そろそろ手を…」
「蛍ちゃん、何かあった?」
「別に、何も」
「でもいつもより息遣いも…」
恋する乙女のような言動をしていても、柱である。
蛍の稀血の名残りを目敏く見つけた蜜璃は、後ろで待機する実弥を見てはっとした。
「まさか不死川さん、蛍ちゃんに変なことを…!?」
「してねェわァ」
稀血を与えたという事実はあるが、百歩譲っても蜜璃が言うような"変なこと"ではない。
つきたくなる溜息を呑み込んで、実弥はげんなりと否定した。
どうにも蜜璃のような賑やかで勢いのある女性は苦手だ。
「それよりなんだってこんな所にいんだよ。自分の担当はどうしたァ」
柱同士であっても、休息として藤の家を利用する時は無暗に干渉しないこともある。
それでもこうして蜜璃に足を向けたのは、何かがあると判断したからだ。
でなければ屋敷中に聞こえる大きな声で、挨拶なり会話なりすることがあろうか。