第36章 鬼喰い
返事はなかった。
実弥との間で生まれる静寂が、良い意味での沈黙とは思っていない。
呼吸を沈めつつ視界の端で盗み見れば、へし折った箸を拾う姿が見える。
「そりゃア難儀だな」
随分と短くなってしまった箸をばつが悪そうに見て、ごしりと裾で拭う。
どうにか箸を持ち直し再び食事を始めた実弥は、そんな返事一つだけで深く追求してこなかった。
鬼の情報とあらば、なんにでも噛み付くように興味を示していた男だ。
それは蛍に対しても変わらない。
その男が返事一つで済ますと、膳に向き直り口は食事の為に切り替えた。
無言のまま、ついまじまじと実弥の顔を見てしまう。
それだけの驚きはあった。
「ア? 何見てんだ」
「ぃゃ…意外だな、って」
「はァ?」
「…なんでもない」
視線が強まれば、跳ね返すような目が向く。
臆することはなくとも、再び部屋の隅に向かって蛍は膝を抱き直した。
こんな話題を続けたところで、空気が良くなる訳でもない。
何より上手く答えられない会話を続けてどうする。
「意外も何も、飯食えねェってんだろ。難儀じゃねェのかよ」
再び閉ざそうとした視界は、背中にかかる声で止まった。
「鬼殺隊に入ったばっかの隊士にも、お前みたいな症状が出る奴はいる。俺らの任務は一にも二にも体力がいる。気力だけで続けられる奴もまァいるが…そいつは結局のところ付け焼き刃だ」
短い箸で取り上げた米を、一粒たりとも落とさずに頬張る。
見慣れた炎柱の食事の仕方と比べれば随分と雑な所作もあるが、皿や椀の中は全て欠片も残さず綺麗になっていた。
「食えねェってのは、鬼殺隊(俺ら)にはそのまま生死に直結するからな。難儀だろォ」
再度顔を上げて振り返っても、今度は跳ね返すような目は向かなかった。