第8章 むすんで ひらいて✔
「っ」
一瞬だった。
それでも言い訳はできない。
無意識でも確かに触れた。
これは口吸いと等しい行為だ。
今まで己の腕を磨くことに精を出してばかりで、色恋に現(うつつ)など抜かしてこなかった。
故にこういう傾向に詳しい訳ではないが、それでもこれがどんな意味を成すかくらいは知っている。
好意だ。
俺は彩千代少女に、異性としての好意を持っている。
そうと悟れば、今まで不可解だった己の心が全て理解できた。
冨岡との距離感に目を逸らしたくなったのも、継子以上に気にかけてしまうのも、常に触れたいと思ってしまうのも。
全ては、俺が彩千代少女を好いているからだ。
「……よもや…」
唖然と呟く。
まさか柱である俺が、鬼である彼女に──いや。
これは俺が彩千代少女を、人と同等に見ていた証だ。
胸を張っていい。
誇るべきことだ。
俺は俺自身が抱えた意志を貫けたのだから。
なのに今は誇りよりも衝撃の方が大きくて、彼女から目を逸らすことができなかった。
触れた箇所から熱くなる。
じわじわと侵食していく熱が、腹の底へと溜まっていく。
同じに胸の内から、どくりどくりと騒ぐ心音が響いてくる。
己の身体の反応からしてやはり気の迷いなどではないだろう。
…そうか。
俺は、彩千代少女のことが。
「…よもや、だ」
静かな驚きの先にあったもの。
それはなんとも胸の熱くなる想いだった。
「…すぅ…」
「……」
自覚をしたはいいものの問題はこの先だった。
己の心をこうも揺さぶる女性を腕に抱いたまま眠りになどつけるはずがない。
かと言って身動ぎ一つすれば彩千代少女が目を覚ますかもしれない。
自覚したばかりだ。
今、彩千代少女の深い瞳を間近に捉えてしまえば己が己でいられるか。
…自信がない。
故に動くこともできない。
押すことも、退くこともできず。
「…まいった」
とんだ生殺しに、らしくもなく弱音を吐いてしまった。