第36章 鬼喰い
「オイ。その彩千代蛍は何処行ったって訊いてンだろ」
姿勢を正して顔を青くする。隊士達の反応に、眉間の皺をより深めながら実弥は再度問いかけた。
爽籟の報告により悪鬼出現の場に駆け付けてみれば、全ては事を終えていた。
尚且つ、彼らの話によれば片を付けたのは蛍だという。
特別大事な用事があった訳ではない。
ただ気が済まない思いはあった。
一目、その顔を見てみないことには。
「ぁ…彩千代、蛍なら東の方角へ。次に行くと言っていました。恐らく鬼を捜しに──」
「そうかィ」
指差し告げる村田の報告は、皆まで聞かず。凡そを把握した実弥の口の端からシィイと呼吸の気道が通る。
現状は一目で理解できた。
悪鬼はこの場にもういない。
追うべき鬼は、一体だけでいい。
ザァ!と突風のような圧が舞い上がる。
その流れに村田達の視線が奪われた時には、実弥の姿は消えていた。
「はッッや…」
「さ…流石、俊足番付二位柱…」
先程の蛍の退却にも驚かされたが、実弥には後ろ姿を目で追わせる余裕も与えてもらえなかった。
俊足番付(しゅんそくばんづけ)とは、密かに平隊士達の中で噂されている柱の足の速さの順位だ。
情報が正確なものかは不明瞭だが、堂々たる二位に位置付けされただけのことはある。
「大丈夫かな…風柱様は、特に鬼に対して厳しい御方だけど…」
「俺、以前風柱様と任務鉢合わせたことあるけど、あまりの気迫に鬼の方が怖がってたからな…」
「まじか。味方だと心強いことこの上ないな」
「本当に」
しみじみと呟く同胞達の言葉に、一抹の不安を覚える。
それでも今の自分にできることは何もないのだと、村田は腕の中の救急箱を抱く指に僅かに力を込めた。
(次、会ったら休息に誘おう)
例え相手は鬼でも、蛍は仲間だ。
休みなく任務に就き続けているのは、見ていて忍びない。
何より蛍の顔を一度も見られなかった。
あの狐面の下の表情(かお)は、以前の蛍と同じ表情(かお)をしているのだろうか。
その不安こそ、拭い切れないものだったから。