第36章 鬼喰い
村田の視界から、それはよく見えた。
三体の悪鬼と蛍が対峙する。
最初の一撃目を放ったのは、悠々と主であろう蛍の背を飛び越えた獣だった。
鬼が放つ無数の網目状の腕など、臆しもしない。
鋭い爪と牙を剥けば、易々と悪鬼の肉を裂き骨を砕き血飛沫を上げた。
馬車をも越える体格を持つというのに、その動きは俊敏でネコ科の生き物を思わせる。
尚且つ対格差に見合う力の差があり、一方的に血を見る悪鬼達はまるで象に群がる蟻のようだった。
「ぎ…ッ!」
首筋に深々と食らい付いた獣が、大きく頭を振るう。
叫び声らしい叫びを上げる暇もなく、鬼の頭はぶつりと千切れて石ころのように転がった。
「ナ…ッが…!?」
尚も村田が目を見張ったのは、その先だ。
転がり落ちた鬼の顔が絶句へと変わる。
口から零れた悲鳴は疑問を上げるも、形に変わる前にぼろりと細胞が燃えた。
じりじりと千切れた切断面から焼けるような跡が広がり、消し炭へと化していく。
それは日輪刀で頸を斬られた鬼の現象にも似ていた。
「な…何が」
「あれは血鬼術じゃねェのか…!?」
残された鬼達も村田と同じ疑問を呈した。
血鬼術は鬼に抗う術とはなるが、日輪刀と同じ能力は有していないはずだ。
鬼の頸を斬って絶命させることができるのは、日輪刀のみ。
だからこそその刀を扱える者だけが鬼殺隊と成ることができる。
(はずだ、よな)
思わず己の中で自問自答する。
村田のその思考を打ち破るように、鬼の頭は黒い炭となりぼろりと崩れ去った。
「そんなことどうでもいい」
自分に向けられた言葉ではないのに、その冷たさにびくりと村田の肩が竦む。
空気中に塵となり、やがては消える。
鬼の頭が転がっていた場所を草履で踏み付けた蛍が、ゆらりと後頭部で結ばれた朱色の長い面紐を揺らした。
「どうせ逝く道は同じだ」
淡々と告げる蛍の声に感情の起伏はない。
狐面をしている為に、尚の事届く声にすら温かみは感じられない。
影の獣同様、鋭い爪が並ぶ指をぱきりと慣らし。狐目の小さな穴の奥底にある緋色の瞳は、きりきりと縦に瞳孔を剥いていた。