第36章 鬼喰い
(既に一人は絶命)
この場に辿り着いた時、鬼殺隊の一人は死亡していた。
朔ノ夜の波が体に触れて、生命維持機能が完全に停止していることを確認している。
人間を殺した鬼だ。
尚且つ新たな命も奪おうとしている。
発言からして無惨の命令により、禰豆子の命も狙っているだろう。
そんな鬼に慈悲を向ける必要はない。
そもそも相手は鬼だ。
人間と見れば餌と見做すか、殺しにかかる。
猗窩座と同じ、己の都合の良い駒になるかどうかしか見ていない。
そんな者に、命の猶予など与える必要はない。
「杏(きょう)」
感情を殺した声が名を呼ぶ。
黒い影波から現れた朔ノ夜とは違い、それは蛍の足場の影から現れた。
ぞわりと肌を震えさせるような揺らぎを立てて、小さな足場の影から現れたのは朔ノ夜よりも巨大な獣。
音も無く地に足をつけ、蛍の背後で月夜を遮るように巨躯を置く。
黒い体に青白い縞模様。
ふつふつと体からは炎のような揺らぎを立てている。
朔ノ夜と同様、影の体は暗く揺らぐような色をしている。
ただその双眸だけは、金の縁を持つ赤々とした鮮やかさを放っていた。
見開いた獣の瞳孔が、三体の鬼を捕える。
「…ッ」
まるで首筋に冷たい刃を添えられているような、冷たい震えが鬼達の背に駆け巡った。
「み…見た目に気圧されるんじゃねェ!」
「そうだ…ッあんなもん見掛け倒しに決まってる」
「"手数"はこっちの方が多いんだッ」
ぼこぼこと鬼の腕が変形を遂げる。
腕の間接から更に腕を生やしては、更に次へ。枝分かれして広げていく様は肉の網のようだ。
「鬼狩りに協力を仰がなかったこと、後悔させてやる…!」
「そいつを殺せば晩餐会だァ!」
鬼達が吼えれば、合図のように地中から新たな腕が次々と飛び出す。
同時に蛍と影の虎の足が、地を蹴り跳んだ。