第35章 消えがてに ふるぞ悲しき かきくらし
──蝶屋敷。
しのぶの管理する屋敷の一角で、饅頭(まんじゅう)の乗った皿を手に歩く金髪の頭がいた。
個性溢れる面子が揃う鬼殺隊の中でも、特に奇抜な見た目をしている少年は我妻善逸。
つい先日、無限列車にて鬼との激しい一戦を交えた一人である。
「炭治郎、何処行ったんだろ…」
辺りを伺うように廊下を進む善逸の顔は、どことなく暗い。
極端に沈んでいる訳ではないにしろ、不意に滲み出る気配には覇気がない。
それは善逸本人から生まれ出ているものではなかった。
(炭治郎でも落ち込んだり、駄目かもしれないって思っちゃうことがあるんだな…)
見慣れた友人である炭治郎の、見慣れない姿を見たからだ。
(そりゃそうだよな…煉獄さんみたいな鍛え抜かれた"音"がする人でさえ死んじゃったんだからな…悲しいし取り乱すよな)
炎柱・煉獄杏寿郎の死。
その訃報は当日のうちに、鎹鴉達の羽根に運ばれ産屋敷耀哉と全柱に伝えられた。
無限列車に乗車した鬼殺隊は杏寿郎を除いて、炭治郎・伊之助・善逸の三人。
その中で杏寿郎の瀕死の姿を目の当たりにしなかったのは善逸だけだった。
駆け付けた時には、既にその身体からは生命の音が消えていた。
同時に、震え上がる炭治郎と伊之助の鼓動を聴いた。
全てを眼下に収めた時には、何もかもが終わった後だったのだ。
(伊之助だってギャン泣きだった。いっぱい悔しかったんだろうな…人間なんだから、そんなぱっぱと頭切り替えらんないよね)
その為に善逸だけは、動揺もショックも感じたものの、炭治郎や伊之助程、取り乱しはしなかった。
話には聞いていたものの、杏寿郎に出会ったのはあの日が初めてだったのだ。
言葉を交わし、鼓動を知り、思いを受けたのは、全ては一日にも満たない時間だった。