第34章 無題
(早く陽光の陰になる所へ…!!)
陽を浴びてしまえば一巻の終わり。
悲鳴を上げる暇もなく体は脆くも崩れ去り、命を潰すだろう。
永遠の時を生きられる鬼が迎える死。
それは屍さえ残さない無慈悲な死なのだ。
次に地面を蹴り上げた時、猗窩座の体は林の中へと跳んでいた。
脇目もふらず一直線に逃げの一手を取る。
脚式を使用した脱出により、伊之助の体は吹き飛ばされた。
追いかける姿勢を崩さなかった炭治郎の足でも、到底追いつけるものではない。
「ッ…!」
それでも諦めなかった。
林の入口で大きく股を開き、握っていた刀の柄を逆手に持ち変える。
投球のような形で日輪刀を持つ手を上げた炭治郎は、暗い林の奥へと吸い込まれていく猗窩座目掛けて振り被った。
ボ、と炭治郎の唇の端から火の粉が上がる。
(てこずった! 早く太陽から距離を──)
頸に食い込んだままの赤い刃を抜き取り、投げ捨てる。
瞬間、背筋に走る殺気。
僅かなその気を察知した猗窩座が頸だけ振り返ると同時に、真っ黒な刀身は背を貫いていた。
「ぐ…ッ!?」
逃げの一手を取っていたとは言え、上弦の鬼の体だ。
それでもヒノカミ神楽の呼吸を纏い放った炭治郎の一撃は、猗窩座の体を深々と貫いたのだ。
「逃げるな卑怯者ッ!!」
振り返った林の入口。
徐々に明るくなる世界の中に立つ少年が、こちらに向けて叫んでいる。
「逃げるなァア!!!」
渾身の叫びは怒号そのもの。
その言葉に、びきりと猗窩座の額に青筋が浮かんだ。
(何を言っているんだあのガキは…ッ脳みそが頭に詰まってないのか?)
相手はただの人間。
それも数十年生きただけの子供。
数百年生きた猗窩座から見れば赤子も同然だ。
そんな幼子が何をほざくのか。
(俺は鬼殺隊(おまえら)から逃げてるんじゃない。太陽から逃げてるんだ!!)
一対一の対戦を望む猗窩座だからこそ、卑怯者呼ばわりされることに怒りを覚えた。
逃げるなだと。卑怯者だと。
誰がお前らから逃げ出したというんだ。
片手で捻り殺せるはずの、お前達相手に。