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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第34章 無題



(それにもう勝負はついてるだろうが。あいつは間もなく力尽きて死ぬ!!)


 林の奥へと逃げ込んだ猗窩座の視界には、もうその姿は映らない。
 それでも最後に見た姿は、逃げ出す猗窩座を追いかける仕草一つ取れていなかった。
 脚式の衝撃に耐えきれず、その場に伏せる。
 脆くも崩れ去るように落ちる体は、限界を迎えていた。

 もうすぐだ。
 人間の体ではもう数十分とも保つまい。

 煉獄杏寿郎の命は、すぐに散る。


「…ッ」


 猗窩座の読み通り、杏寿郎は力無くその場に座り込んだまま一歩も動かなかった。


(体が、動かん)


 猗窩座を追うことはおろか、その場から立ち上がることすらできない。
 びりびりと衝撃の余韻を残したように震える指先から、握っていた日輪刀が落ちる。
 沸騰するように熱さを増していた体が、今度は逆に急速に冷えていくようだった。

 それでも杏寿郎は血の味しかしない唇を噛み、歯を食い縛った。

 上手くは動かない頭をどうにか捻り向けたのは、猗窩座が逃げた林の奥ではない。
 己の後方。
 守る為に背を向けていた、彼女がうずくまっている所だ。

 上弦の鬼さえも脱兎の如く逃げ出す陽光。
 それは鬼である蛍にとっても命取りとなる。


(駄目だ間に合わない)


 空はもう既に白んでいる。
 蛍の後方に見える山々の頂きが明るい。

 それでも今の体では、朝日が昇る前に蛍の傍にさえ行けない。

 景色からして陽が見えるのはほんの数秒後だ。
 傍で転がっている伊之助に指示を出しても間に合わないだろう。

 這いずる形でこちらを見ている蛍の顔は、大きな喪失を抱えたように生気を見せていなかった。
 唖然とこちらを見たまま、陽光から逃げる素振りがない。

 このままでは危険だ。その場から逃げ出せ。
 そう知らせたくても、血が溜まった口からいつものように通る声は出せなかった。
 蛍自身の姿を見ても、完治していない体ではすぐに移動できるようにも見えない。
 状況は最悪のものだ。

 どうする。
 どうすれば。

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