第33章 うつつ夢列車
「獣(けだもの)の呼吸、伍ノ牙!」
車両の中央を陣取った伊之助の体が、宙を舞う。
「〝狂い裂き〟!!」
野生の獣のような生活をしてきた伊之助だからこそ、自然と身に付けられた獣の呼吸。
その中の伍ノ型〝狂い裂き〟は言葉の通り、荒れ狂うように斬撃を四方八方に放つ技である。
「すべからくひれ伏し! 崇め讃えよこのオレを!!」
伊之助を中心に狂い放つ斬撃が、肉塊だけを削り取るように斬り捨てていく。
「ウオリャァアアア!!!」
その迫力と雄叫びは蛍と炭治郎の耳にまで届いていた。
「なんかよくわからないけど…あの車両は伊之助に任せていて大丈夫そうだね…」
「ああ。きっと大丈夫だ! 伊之助ならやってくれる!」
曇りなき眼で両手の拳を握り、深く頷く炭治郎。
その笑顔を眩しそうに見つめていた蛍は、更に先──列車の後方を見据えた。
(伊之助が起きた。きっと禰豆子が起こしてくれたんだ。それなら杏寿郎や、善逸もきっと)
もう目を覚ましているのか。
はたまた、目を覚ますのは時間の問題か。
魘夢の列車との融合には驚かされたが、杏寿郎が目覚めればその不安も瞬く間に解消される。
そんな気がした。
漠然とした期待ではない。確信にも似た思いだ。
それだけ多くの悪鬼を滅する姿を見てきていたし、上弦である童磨との戦闘も勝ち得たのだ。
(杏寿郎なら、きっと──)
注意深く思考を巡らせる。
今この場に杏寿郎がいたならば、各々の適役を導き助言することだろう。
自分にできること、できないこと。
他人にできること、できないこと。
その判断はいつも一歩蛍の先を行き、素早く決断を下していた。
「朔伝に禰豆子には伝えるから。私達も、伊之助の手が届かない人々を守ろう。杏寿郎…師範が起きてくれれば、魘夢の列車を打開する方法もきっと見つけ出せる」
「……」
「炭治郎?」
「ああ、いや。蛍は、煉獄さんを凄く信頼しているんだな」