第33章 うつつ夢列車
「っ!?」
たった一瞬でも、鼻を突くむせ返るような臭い。
目眩がするような真っ赤な血溜まり。
空気さえも濁ってしまったような、ぞっとする光景だった。
強烈に訴えてきた鮮明な世界は、一瞬でも蛍の頭を激しく揺らす。
知らないはずなのに知っている。
その世界を。
だから切望したのだ。
(そう、だ。だから──)
姉と共に笑い合えるその日も。
杏寿郎と共に陽を迎えるその日も。
どちらも渇望したからこそ知っている。
(どっちもなんて、選べない)
そのどちらも決して混じり合うことはないことを。
「蛍ちゃん、具合が悪いなら中に入って休んで…」
「姉さん」
「何? 何か必要なものがある? なんでも言って」
「私にとって、姉さんが世界の全てなの。姉さんさえ傍にいてくれたら何も要らないって。本気でそう思ってた」
「…嬉しいことを言ってくれるのね…私も同じよ、蛍ちゃん」
「だから、姉さんが、私の世界が在ったなら。見つけられなかった」
「何を?」
「杏寿郎のいる世界」
俯いていた顔を上げる。
此処は見覚えのある煉獄家の生家だ。
だからこそ強烈な違和感となる。
此処に、目の前の姉の存在はあるはずがないというのに。
「姉さんを失った世界で、私は杏寿郎を見つけたの。杏寿郎がいたから、私は…姉さんの…いない世界を、受け入れられることができた」
一言一言、噛み締めるように告げる。
その度に頭の中がクリアになっていくようだった。
この世界の可笑しさを改めて露呈し、真実を浮き彫りにしていく。
「…何を…言ってるの…?」
目の前で苦笑混じりに頸を傾げる姉でさえも、違和感として。
「私の、生きてきた世界のことだよ」
「蛍ちゃん…?」
「姉さんの世界と、杏寿郎の世界。二つの世界は、一緒になることはない」
「私には、何を言っているのか…」
「わからなくて当然だよ」
眉を寄せ、唇を噛み締める。
「姉さんは、杏寿郎を知らないはずだから」
その現実が頭痛とは違う痛みとなって蛍の体を貫いた。